S 最後の警官

□予感
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「さぁ、今日はとことん付き合ってもらうわよ〜?」
「……ゆづちゃん、言い方怖い」
「彼氏ができたって一號から聞いた時はびっくりしたわよ!
しかも相手が蘇我さんだなんて!」



ここ、まんぷく食堂で幼馴染の一號くんとその同僚の皆さん、そして彼氏の伊織と鉢合わせになり、付き合っていることが知られてしまったのはまだ記憶に新しい。
あの時、衝撃を受けたらしい幼馴染は当然のようにもう一人の幼馴染へ連絡した、というよりももはや半分ここが実家のような場所故にきっと事の顛末を見ていた花さんからも聞いていたのだろう。

これまでだって彼氏の一人や二人いたことはあるし、その時にも彼氏ができた・別れたと話してもこんなに食いついてくることはなかったのに。
……相手が『蘇我伊織』だからだろうな、なんて考えるとちょっと笑ってしまう。



「で?いつから付き合い始めたの?」
「えー……半年くらい前、かな」
「やっぱりあの合コンの時から?」
「初めて会ったのはあの時だけど、合コンの後すぐじゃないよ……計算合わないでしょ?」



まだアルコールが入る前だというのに既にエンジン全開な気がする。
気を付けないと例の元彼ストーカーのことまで話さなければならなくなるのでそれだけは避けたい……が、どうだろう。
伊織の部屋で暮らしていることの説明までするとなると、どうしてもその辺りを避けて話すことは難しい気がする。



「はい、お待たせ〜」
「花ちゃん、ありがと〜」
「わ、美味しそう!」
「いっぱい食べてってよね!」
「ありがとうございます〜!」



ウーロンハイと共に運ばれてきた料理。
定番料理から新商品まで、ここの料理はいつでも美味しくてどれから食べようか迷う。
どれにしようかな、なんて心の中で選んでいたら、取り皿をひったくるように目の前のゆづるちゃんに取り上げられる。
ひどい。



「ゆづちゃーん……私、お腹空いたんだけど……」
「だから、何で蘇我さんと付き合うことになったの?」
「これまで私に彼氏できてもそんなに気にすることなかったのにどうしちゃったのよ……」
「相手が蘇我さんだからでしょ?一號から聞いた時本当にびっくりしたんだから!」



しまった、こんなことになるならゆづちゃんにだけでも先に話しておくべきだったかも。
さて、この状況どうしようかな、なんて思いながら取り皿を取り返して改めて花さんの料理を取り分ける。
解決したとは言え、できれば元彼ストーカーの件は伏せておきたい。
けれどその件を伏せて話をするとなると色々と辻褄が合わなくなるところが多くなる。



「合コンの帰り道が同じ方向で、ね」
「へぇ……?」
「夜道は危ないから、って送ってもらったのがきっかけというか何というか」



本当のことは言っていないけれど、嘘も言っていない。
色々と知られたくない部分を端折っているだけ。
ここからどうやって躱しながら幼馴染の納得する話ができるだろう。
既にこの先が少し不安になりつつもまずは戦の前の腹ごしらえ、と箸を手に取ったところでスマホが震えた気がした。



「……あ、」
「うん?」
「ごめん、ちょっと電話」



ジャケットのポケットからスマホを取り出し、表示された名前を見て一瞬固まってしまった。
ナイスタイミングというべきか。
まさに今、話題に挙がっていた彼からの電話に変に心臓が早鐘を打っているのが自分でも分かる。
不思議そうにしている幼馴染に『ごめんね』と声をかけてから店の外まで出て応答を押してスマホを耳に当てる。



「もしもし、伊織?」
『……あのLIMEは何だ』
「あはは、ごめん」



仕事上がりを待ち伏せされていたようで会社を出てすぐのところで幼馴染に捕まってそのまままんぷく食堂へと連行。
道すがらとりあえず最低限の連絡だけでも、と思い『拉致られました』と端的に状況を送っておいたけれど。
端的過ぎて何の情報もなかったと今更ながらに反省。
きっと仕事が終わったか、もしくは途中でLIMEを見た彼からすれば物騒な単語なうえに状況がまったく把握できないことを考えると頭を抱えたくなったんだろうな、なんて彼の胸中を察すると改めて申し訳なく感じる。
もう一度謝罪を口にすれば長い長い溜め息の後に気持ちを切り替えたらしい彼がLIMEを見た瞬間から抱いていたと思われる疑問を口にした。



『どこにいる』
「えー?まんぷく。ゆづちゃんが、その……私と伊織が付き合い始めたっていうのを一號くんから聞いたみたいで、尋問受けてる」
『……分かった、十五分で行く』
「えっ、大丈夫だよ?解散したらまっすぐ帰るし」
『お前……神御蔵にも棟方さんにも結局、例のストーカーの話はしてないだろ』
「あぁ、うん、まぁ……してない、ね」
『上手く誤魔化せるとは思えないが』



それはそうだけど、と返事をする前に『とにかく行くから待ってろ』と吐き捨てるような台詞の後で耳に届く不通音。
今、伊織がまんぷくに来るのはマズい気がする。
気がする、どころか非常にマズいのでは……?



「桜月ー?ご飯冷めちゃうよ?」
「、ゆづちゃん……」
「ん?」



四面楚歌?それとも背水の陣?
前門の虎後門の狼?
何にせよこの状況は非常によろしくない。



「どした〜?」
「いや、その……いお、蘇我さんが、これからこっち来るって」
「ホントに?」
「たぶん……」



その時の幼馴染の嬉しそう、というより盛大に悪そうな顔で笑った表情は後にも先にも見たことがないものだった。

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