MIU404長編

□プロローグ
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「……藍のバカ、」



連絡がなくて3日も帰って来ないなんていつ以来だろう。
ガマさんが逮捕された時……いや、クズミという男を逮捕した時だったか。
あの時はなぜか#MIU404なんてタグがツブッターで拡散されて生存確認はできたけれど、今回は本当に消息不明。
LIMEを送れば一応既読にはなるから生きてはいるのだろうけれど、忙しいにしてもせめて一言くらい返事をくれてもいいんじゃないだろうか。



「もう、家出してやるんだから」



彼がいつ帰って来るか分からないので、とりあえずは冷蔵庫の中の整理。
あとは生ゴミをまとめて、洗濯物は畳んで必要な分をキャリーに詰め込んで残りの衣類と藍の物はクローゼットへ。
大丈夫だとは思うけれど、コンセント類は最低限を残して抜いておく。
そして家出と言えばお決まりの『実家に帰らせていただきます』という置き手紙をテーブルに残して。

アパートのドアをしっかり施錠して。



「よーし、完璧!」



何だか楽しくなってきた。
実家に帰らせていただきます、なんて書いたけどそのまま帰るのも面白くはない。
さて、どこへ行こうかな。
家出してきた、なんて言って快く泊めてくれる友達は何人か心当たりはあるけれど、近くに家出も面白味がない。



でも、まぁ……ここ1ヶ月ほど行ってなかったし、庭の様子も気になるし、今から出れば夕方には着くはず。
向こうで一晩過ごして明日の朝に帰って来れば流石に藍も帰って来ている、と思いたい。
帰って来ていなければ置き手紙は握り潰してしまえばいい訳で、小旅行というほどでもないけれどこの辺りから少し離れてみれば気分も変わるだろう。
スマホを開いて乗換案内を調べる。
あ、ちょうどいいのがある。よし、そうと決まれば急がなければ。
























「やっぱり遠いわ……」


東京都内と言ってもやはり奥多摩は別。
アパートを出てから電車に揺られること約2時間半。
ようやく懐かしの、という程久しぶりでもないけれど、我が家に到着した。
辺りは少し薄暗くなって来ているけれど、まだ庭の様子は確認できるくらいの明るさ。
どれだけ草が生い茂っているだろうと思えば、意外にもすっきりとしていた。



「あれ?」
「桜月ちゃん?」
「あ、お隣のおばさん。こんにちは」
「帰って来てたのかい?」
「うん、ちょっと家の様子を見に……おばさん、うちの庭やってくれた?」
「私じゃないよ。この前ね……ほら、伊吹くんが来てやってたよ」
「……藍ちゃんが?」
「そうそう、たまに来て色々やってるわよ?知らなかった?」
「知らない……」
「『おやっさんには世話になったから』って言って月1くらいで来てるのよ〜、相変わらずいい子ね〜」
「そう、なんだ……」



知らなかった。藍がこんなことしてくれているなんて。
家出なんてちょっと悪いことしたかな、なんて思いながら玄関の引き戸を開ける。
ふわり、と家の中から流れて来たのは確かに閉め切った匂いではなくて、少し新しい空気。
玄関から順番に電気を点けていけば、しばらく間が空いていたのに埃も見当たらない。
当番勤務明けで夜まで帰って来ない日がたまにあるけれど、もしかしたらその内のどこかでここに来て掃除や庭の手入れをしてくれていたのかもしれない。

変なところでマメな男だと思う。



「……やることないな」



掃除をするつもりで来ていたから、こんなに綺麗だとすることもない。
とりあえず、と仏間に足を向けて仏壇の前に座る。

ここは特に綺麗だ。
蝋燭に火を灯して線香に火を点ける。
悲しい記憶が蘇るから、この香りはあまり好きじゃない。
線香を立てて両手を合わせる。



「ただいま、おじいちゃん、おばあちゃん。
お父さんもお母さんも、なかなか帰って来なくてごめんね」



口にすれば少し寂しい気持ちが胸を過る。
そういえば彼がいない時に家に帰って来たのなんていつぶりだろう。
一人でこの家にいるのが耐えられなくて、極力彼に付いてきてもらっていたんだった。
というよりもこの家で一人になるということがほとんどなくて、耳鳴りがするほどの静けさには慣れない。

この10年で藍の存在は私の中で本当に大きいものになってしまった、とつくづく実感する。


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