MIU404長編

□一話
1ページ/1ページ


藍との出会いは10年前。



高校2年になった年の春。
登校前、居間で新聞を広げていた祖父に『今日からそこの交番に新しいのが来る』と言われて。
そういえばおじいちゃんはこの前、ついに警察官を退職したんだった、と思い出した。
いや、厳密にはまだ退職してない?
退職前の有給消化中、だっけ?
そんなことを考えていたら、いつものお弁当の包みを持った祖母が台所から出て来た。



「はい、桜月ちゃん。お弁当ね」
「ありがと、おばあちゃん。行ってくるね」
「今日は早く帰っておいでね」
「ん?」
「おじいちゃんが新しい方に挨拶しに行くから一緒に行きましょう、って今言ってたでしょう?」
「……うん?」



『新しいのが来る』とは聞いたけど挨拶とか一緒に行くとか、その辺りは何も聞いてない。
けれどにこやかに話す祖母がそういうのなら間違いはないのだろう。



「……おばあちゃん、通訳ありがと。
今日は真っ直ぐ帰って来るね」
「はい、行ってらっしゃい。気をつけてね」
「行ってきまーす」
「仏壇には挨拶したのか」
「あ、忘れてた。お父さん、お母さん、行ってきます」



気難しいけれど意外と甘い物好きなおじいちゃん。
料理がめちゃめちゃ上手でいつも可愛い笑顔のおばあちゃん。
二人が私の家族。

両親は私が8歳の時に事故で亡くなってそれ以来、この奥多摩の祖父母の家が私の家。



「新しい人かー、どんな人だろ」



話しやすい人だといいな、と勝手に妄想を膨らませて学校へと向かった。







































「ただいまー」
「おかえり、桜月ちゃん」
「遅い」
「いや、学校終わってすぐ帰って来たし」
「はいはい、じゃあご挨拶に行きましょうね」



家の裏、というより交番の裏が祖父母の家。
私が祖父母に引き取られた時からずっとこの場所で暮らしている。
祖母に聞いたことがあったけど、退職まで奥多摩の交番勤務と決まった時に交番の裏手に家を建てたらしい。
昔は都会で前線に立ってたこともあってカッコ良かったのよ、なんて惚気までされたけれど、どうやら自分から希望してこちらに来たらしい。
その理由までは知らないけれど、うちの祖父母が仲が良いのはよく分かった。



「邪魔するぞ」
「どうもこんにちは」
「お邪魔しまーす……?」
「はーい」



歩いて1分もかからずに交番に着く。
昔は交番が不在だと家まで誰かしらが来て嫌だったけれど、今となってはこの距離にお巡りさんがいるのは確かにいいことだ、としみじみ思う。
祖父を先頭に広くもない交番の中へ入って行く。
祖父の大きな背中で姿は見えないけれど、返ってきたのは若い男性の声。



「あ、もしかして高宮さん、ですか?」
「あぁ」
「初めまして、伊吹藍でーす」
「高宮だ」
「妻の由布子です、こっちが孫の……」



祖父の影から引っ張り出されて新しいお巡りさん、伊吹さんの前に差し出された。
いや、距離距離。近いよ、おばあちゃん。



「あ、えーと……高宮桜月です、よろしくお願いします」
「よろしくね〜?」
「はぁ……」



ニコニコしながら手を振られた。
何か軽そう、それが第一印象。
挨拶をしたところでまた祖父が前に出て来た。



「引き継ぎするぞ」
「あっ、は〜い。ここに来る前にあきる野署に寄ったら高宮さんがやってくれるから、って聞いて」
「ここに10年はいる、家も裏だから何かあれば聞きに来い」
「うわっ、ちょー頼りになる〜」
「じゃあ私達は帰りましょうか」
「そだね」



見た目からして気難しい、うちの祖父を初対面で物ともせずににこやかに話してる人なんて初めて見るかも。
祖母の後に続こうとしたら、祖母が急に立ち止まって振り返る。
危うくぶつかるところだった。



「そうだ、伊吹さん?」
「はい?」
「今日、うちでご飯食べていってくださいね?」
「おい」
「いいじゃないですか、せっかく来たんですから。ねぇ、桜月ちゃん」
「え、あー……歓迎会?」
「そうそう、歓迎会。どうかしら?」
「……好きにしろ」



亭主関白に見えるけど実は祖母の方が結構強い。
こうと言い出したことは基本的に曲げない。



「じゃあ伊吹さん、お待ちしてますね」
「は〜い、お邪魔させてもらいまーす」
「桜月ちゃん、お買い物行きましょう」
「あ、うん」
「あー、桜月ちゃん」
「はい?」



呼ばれるなんて思っていなかったから変な声が出た。
慌てて振り返れば先程の笑顔で手をヒラヒラさせている伊吹さんの姿。



「またねー?」
「……また、後ほど?」



ちょっとよく分からない人。
それが彼への第二印象。


next...


次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ