MIU404長編

□二話
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「桜月ちゃん、これ持っていって」
「はーい」
「持っていったら煮物を盛り付けてちょうだいね」
「分かった」



伊吹さんの歓迎会を開くと決めてからの祖母は凄かった。
買い物を早々に済ませて手際良く美味しそうな料理をテーブルに乗り切らないほどに作る。
私はと言えば、言われるままに皿を運んだり盛り付けをしたり。
要するに小間使い。



「帰ったぞ」
「お邪魔しまーす」
「はいはい、おかえりなさい。伊吹さんもいらっしゃい」



あとは帰りを待つだけ、というところでちょうど祖父が帰って来た。
勿論、伊吹さんも一緒に。



「こんにちは、桜月ちゃん」
「……こんにちは」



さっき会ったばかりの人に名前を呼ばれることは何となく恥ずかしいものがある。

若い男性がこの辺りにいないとは言わないけれど、同級生の兄弟でもない限り正直そこまで関わりがないので変にどぎまぎしてしまう。
いたたまれなくなって台所へ逃げ込む。
買い物で買った瓶ビールと冷やしておいたグラスをお盆に乗せる。



「うわー!ちょー美味そう!」
「たくさん召し上がってね」
「桜月、ビールとコップ持って来てくれ」
「……はーい」



居間から賑やかな声が聞こえる。
料理上手な祖母は何かと人を招いてはご馳走をたくさん作るのが好きで。
祖父は面倒そうにしながらも祖母には敵わなくて。
そんな二人を見るのが大好きで。



「お待たせ」
「酌、してやれ」
「うわ、現役JKのお酌とかちょー贅沢〜」
「……私、年言いましたっけ?」



ニコニコしながらグラスを受け取る伊吹さん。
そういえばこの人いくつなんだろう。
警察官やってるくらいだから成人してるのは間違いないけど。



「さっき交番来た時、近くの高校の制服着てたでしょ?だから高校生なのは間違いないかな、って」
「あぁ、なるほど。ちなみに伊吹さんはおいくつなんですか?」
「あれ、もしかして俺に興味もった?ねぇねぇ、桜月ちゃん?」
「単なる社交辞令です」
「うちの孫に手出すんじゃねぇ」
「あら、伊吹さん好青年で素敵じゃないですか」
「……ばあさん」
「あらやだ、おじいちゃんたら。ヤキモチですか?」



うふふ、と笑う祖母は可愛くて最強だと思う。
祖父も二の句を継げないでいる。

そんな感じでいつもよりもかなり賑やかな夕飯。
お酒が入ったからか、いつもは私と祖母の会話に一言二言混ざる祖父もやけに饒舌で。
それはきっと新しく来た伊吹さんの賑やかな雰囲気のお陰なんだろう。






































「あー、もう腹いっぱい」
「おばあちゃんの料理、美味しかったでしょ」
「俺、ちょーファンになっちゃった」
「ふふ、伊吹さんにそう言われたらおばあちゃん喜びます」



いつもよりお酒のペースが早かった祖母は早々に潰れてしまって、伊吹さんに寝床まで運んでもらった。
後片付けはやるから、と祖母にも休んでもらうことにした。
遅くまで引き止めてすみませんでした、と暗にお帰りを促したけれど大変だろうから片付け手伝うよ、とスルーされてしまった。

あれ、結構空気読めない感じの人?
使った皿を重ねて台所に運び始めた伊吹さんを見て、慌ててその背中を追いかけた。



流石にお客さんに洗い物を頼むのは申し訳ないので、台所にある祖母の休憩用の椅子に座ってもらいお茶を淹れる。
洗い物をしながらぽつりぽつりと会話をする。
初対面なのにそれを感じさせないのは彼の纏う人懐こい空気のせいだろうか。
年上の男性にこんなことを言ったら失礼に当たるかもしれないけど。



「あ、そうだ」
「はい?」
「その『伊吹さん』って呼び方」
「はぁ……」
「止めよっか」
「……はい?」



何を言い出すんだ、この人。
思わず洗い物の手を止めて振り返れば、何を考えているか分からない笑顔を返された。



「いや、ちょっとよく分からないです」
「んー?何で?」
「伊吹さん以外に何て呼ぶんですか」
「んー……じゃあ名前呼び捨てでいいよ?」
「いやいや、おじいちゃんに怒られます」
「じゃあ……藍ちゃんとか藍くんとか」
「名前は譲らないんですね……」



きっと名前で呼ばない限りは引き下がってくれないんだろう、と何となく察した。
じゃあ藍ちゃんで、と返して洗い物に戻れば『きゅるきゅる〜』と謎の言葉?擬音語?が後ろから聞こえた。

何だろう、この人。
よく分からない。

今日、短い時間の中で得た伊吹藍という男の総評はそれしか出て来なかった。


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