MIU404長編

□四話
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進学すると決まってからの時間の流れはあっという間だった。
季節が流れに流れて、気づけば入試が来週に迫っていて、受験生に盆も正月もないとはまさにこのこと。
家から通える範囲の大学に絞ったことで、選択肢が狭まったことは事実。
一人暮らしをしてもいいとは言われたけれど、受験勉強の苦労よりも家から離れたくないという気持ちが強くて。



「一生分の勉強した……」
「お疲れお疲れ〜」
「うぅ……もう勉強したくない……」
「大学に勉強しに行くのに〜」
「受験勉強したくないの!もう頭パンクしそう!」



学校の図書室で閉館ギリギリまで勉強していたら辺りはもう真っ暗で、魂が半分抜けかけている状態で帰路につく。
途中でパトロール帰りで自転車に乗っていた藍ちゃんに会い、のんびり歩きながらガス抜きをさせてもらう。
家でこんなことを言った日には、何甘えたこと言ってんだ、と激が飛んでくるのが目に見えている。



「第一希望が、……どこだっけ?」
「星明大学の情報学部、第二希望がそこの経済学部。とにかく星明なら学部はどこでもいい」
「そこが一番近いとこって言ってたもんな〜」
「近いって言っても一時間はかかるけどね……でも、他は家から通うのは厳しいから受験考えてないし、情報学部でも経済学部でもおじいちゃんの言う『手に職』はつくからね」
「偏差値的には余裕って言ってなかったっけ?」
「偏差値はね、でも試験はちゃんと点数取らないといけないし……油断できない」



そう、油断は禁物。
いくら余裕とは言っても試験は一回限り。
万が一、ということもある。
参考書や辞書で重くなった鞄を持つ腕が痛くなって持ち手を変えれば、家に着くまでな〜、と鞄を自転車のリアボックスに乗せてくれた。
初めの頃はよく分かんない人だと思ってたけれど、情に熱くて意外と人のことをよく見ていて、誰にでも優しくて困っている人がいたら誰にでも手を差し伸べる。
しいて言うなら……少年漫画の主人公、みたいな。
激情型なのは玉に瑕だけれど、それはそれできっと藍ちゃんの良いところだと私は思う。



「藍ちゃん、」
「んー?」
「頑張るね」
「おう、頑張れ」







































試験一週間後、運命の合格発表日。
合格者の受験番号はキャンパス内に貼り出されるということで、発表の少し前にキャンパスを訪れた。
藍ちゃんが隣にいるのが不思議で仕方ないけれど『たまたま非番でさ〜、おやっさん達に付いていってくれって頼まれたんだよ〜』と。
合格発表くらい一人で行けるわ、とも思ったけれどもし番号がなかった時……つまるところ不合格だった時に自分で家に連絡できる自信がない。
そう考えると連絡係として、この場にいてくれるのはそれなりに助かる。
そんなことを本人に言えば怒られそうな気もするけれど。



「桜月ちゃん、番号何番?」
「40404」
「幸せの『し』がいっぱいじゃ〜ん」
「……藍ちゃんはポジティブだよね」



正直あまりいいイメージの湧かない受験番号だとは思う。
それでもそんな風に言ってもらえるなら少しは心も軽くなるもので。



「あ、来た……」



時刻は11:00……ついにこの時が来てしまった。
丸められた大きな紙が大きな掲示板に貼り出される。
丁寧に紙が広げられて、たくさんの数字が目に飛び込んでくる。
………やっぱりネットで合格発表を確認すれば良かった。多すぎてなかなか見つけられない。



「桜月ちゃん桜月ちゃん、あっち、あれ」
「え?」



順番に貼り出されていき、その度にそこ此処で歓声が湧き上がる。
私はと言えば、まだ自分の番号を見つけられずにいて焦りを感じていた。
が、不意に隣にいた藍ちゃんが勢いよく肩を揺すって少し先の掲示板を指差していた。
彼の示す先には、



「……あ、」
「あった、よ……あったあった!桜月ちゃん、ほら、40404!あったあった!」
「……藍、ちゃん」
「やったー!おめでと〜!」



試験を受けた本人以上に喜んでくれている藍ちゃんのお陰で実感が湧かない。
掲示板の番号と受験票をもう一度確認すれば、確かに掲示板には同じ番号が記載されていた。



「あった……」
「だからあるって言ってんじゃ〜ん!ほら、おやっさん達に電話電話!」
「あ……、そだね」



ポケットから携帯電話を取り出す。
少し震える手で二つ折りの携帯電話を開いて、家の番号を呼び出し通話ボタンを押す。
呼出音が2回聞こえて、すぐに電話が繋がった。
珍しい、いつもなら5コール以上は出ないのに。



『もしもし』
「あれ、おじいちゃん?」
『桜月か』
「あ、うん。おじいちゃんが電話取るなんて珍しい」
『……発表、終わったのか』
「あー、うん。番号あったよ、合格してた」
『そうか、気をつけて帰って来い』
「うん、じゃあおばあちゃんにも伝えておいて」
『あぁ』



短い通話が終了。
携帯電話をポケットにしまいながら、もう少し『おめでとう』とか『良かったな』とかの言葉があっていいんじゃないか、と思う。
さて帰ろう、と隣にいた藍ちゃんを見上げれば、やけにニヤニヤしながらこちらを見ている彼がそこにいた。
何がそんなに楽しいのだろう。



「……何?」
「いや〜、おやっさんが電話の前で桜月ちゃんからの電話待ってる姿を想像したら……愛されてんな〜って思って?」
「いや、そんな訳ないでしょ」
「いやいや、そんな訳あるんだって〜。
ほら、試験の前の日?明日早いからって桜月ちゃん早く寝たでしょ?」
「あー……うん、確かに」
「そん時、由布子さんが桜月ちゃんの昔のアルバム出してきてくれてさ」
「、え……」



そんな話聞いてない。
昔のアルバムって何。
何でそんなの出しちゃったの、おばあちゃん。



「おやっさん、それ見ながら思い出話が止まんなくてさ〜」
「おばあちゃんじゃなくて……?」
「おやっさんだよ?『こんなに小さかったのがもうすぐ大学生か、早いもんだな』って泣きそうなっててさ!」
「嘘だぁ……」
「由布子さんが『今から泣いてたら桜月ちゃんが結婚することになった時、どうするんですか』って笑ったらおやっさん、何て言ったと思う?」
「そもそも話が飛躍し過ぎ」
「『アイツを幸せにできる奴で俺より強くないと嫁にはやらん』って、愛されてんな〜」



だから今もきっと電話の前でずっと連絡待ってたよ、なんて頭を撫でられる。
知らなかった、そんなことがあっただなんて。



「桜月ちゃーん?」
「あ、……うん、帰ろっか」
「んー、1個寄り道していい?」
「……寄り道?」
「そ、寄り道。受験勉強頑張ったのと合格祝いに桜月ちゃんに俺からのご褒美〜。
ってことで、しゅっぱ〜つ!」



後ろに回られて肩を押される。
この辺り、入試の時以外は来たことがなかったから何があるかなんて分からない。
まぁすぐに帰って来いとも言われていないし、遅くならない限りは多少の寄り道くらい許されるだろうと考えて、藍ちゃんのお誘いに有り難く乗ることにした。


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