MIU404長編

□五話
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すぐ着くから、と言われて並んで歩くこと約10分。



「とうちゃ〜く!」
「……動物園?」
「合格祝いに大学に着ていくような服でもプレゼントしようかなーって思ってたんだけど、今から都内まで出ると帰りが遅くなっちゃうじゃん?
だから買い物はまた今度ってことで〜……今日はちょっと遊んで行こ?」
「……藍ちゃん、」
「ん?」
「藍ちゃんって、お兄ちゃんみたい」



私は兄弟も姉妹もいないけれど、藍ちゃんみたいなお兄ちゃんがいたらきっと楽しいんだろうな、なんて思ったことが何度もある。
実際に兄がいる友達に聞くとそんな良いものではないと言うけれど、それでもお兄ちゃんが欲しかったと思ったこともあった。

そんなことを考えていたら私の肩に手を乗せて、ふー……と長い溜め息を吐く藍ちゃん。
私、何かマズイこと言ったかな。



「藍、ちゃん?」
「うん、まぁ……今はいいか。よし、じゃ入ろっか」
「……うん、?」



珍しく歯切れの悪い感じがするけれど、次の瞬間にはパッといつもの笑顔に戻り、チケット売り場へと向かっていく。
サラッとチケットを買われてしまい、財布を出す暇さえなかった。
ワタワタとバッグを漁っていれば、藍ちゃんの大きな手で動きを制される。



「はい、チケット」
「お金……」
「バイトできない高校生からお金取る訳ないでしょ?」
「でも、」
「多摩動物園って入園料ちょー安いから気にしないの〜。ほい、行くよ〜」
「……ありがとう、ございます」



バイトができないのは事実。
家の辺りでバイト募集しているところなんてないし、そもそも祖父の許可が下りない。
お小遣いは高校生の平均並にもらっていると思うけれど、都内まで遊びに行くとなると交通費だけでもバカにならない。
不足分を補うくらい許して欲しいものなのに。
……大学に入ったら大学の近くでバイトを始めよう、とは思っているけれど。



「動物園とかちょー久しぶり〜」
「私も、……子どもの頃以来かも」
「マジか〜じゃあ楽しもーぜ?」
「ふふ、そうだね」




































「ほい、ちょっと休憩〜。あったかいミルクティーで良かった?」
「あ、ありがと」
「疲れてない?大丈夫?」
「全ッ然!こうやって出かけるの久しぶりだから楽しい」
「そっかそっか、そりゃ良かった〜」



園内のベンチに座って束の間の休憩。
携帯電話のカメラフォルダが動物と藍ちゃんで埋まりそうなくらいに写真を撮りまくっている。
後でデータ移しておかないと大変なことになりそう。
ミルクティーを口にしながら携帯電話の写真を見返す自分の頬が緩んでいるのが分かる。



「象の餌やりとかなかなかできないもんね〜」
「……良かった」
「うん?」



隣に座っている藍ちゃんが頬杖をついて穏やかな表情でこちらを見ている。
顔に何かついているかと思ったけれど、そういう訳ではなさそう。
今、『良かった』って言った?何が?



「試験終わってからもずーっと暗い顔してたからさ?そうやって笑ってんの久しぶりに見たな〜って思って?」
「え、」
「連れて来て正解〜」
「……何か、ごめんね?」
「なーにが?」



正直、全くと言っていいほど気づいていなかった。
試験が終わってからも確かに不安はあった。
自己採点では合格ラインの点数はしっかり取れていたし、学校の先生からもお墨付きはもらっていた。
それでもやっぱり心配は心配で。
一年前は就職するつもりでいた人間がまさか入試でこんなに頭を抱えることになるなんて思ってもいなかった。



「たぶんだけど……心配かけたし、いっぱい話聞いてもらったし、おじいちゃんとの間にも入ってもらって……たぶん藍ちゃんがいなかったら合格できなかったと思う。
ありがとう、藍ちゃん」
「桜月ちゃん……」
「ん?」





「……お礼はほっぺにちゅーでいいよ?」





「………お巡りさーん、この人逮捕してくださーい」
「ちょっとひどくない?そして俺、非番だけどお巡りさんね?」
「……そうだっけ?」
「おい〜!」
「あはは、ごめんなさーい」



首に腕を回されて引き寄せられたと思ったら頭をぐりぐりと撫で回された。
あぁ、もう本当にお兄ちゃんみたい。



「さーてと、そろそろお土産買って帰ろっか〜」
「えー、もう?」
「さっきからおやっさんからの電話で俺の携帯震えっぱなし。これ以上はマジで怒られる」
「……うわ、」
「嫌そうな顔しな〜い、由布子さんもご馳走作って待ってるよ」



藍ちゃんが自分の携帯電話を操作して着信履歴を見せてくれた。
『高宮さん家』と登録された番号から10分おきに着信が入っている。
……おじいちゃんめ。動物園に入る前に寄り道してから帰るって連絡したのに。
そもそも藍ちゃんが一緒なんだから心配することなんて何もないのに。
いや、まぁ確かにちょっと心配な部分はあるのは分かる気もするけど、一応保護者としては成り立っている訳だし……。



「おやっさん達にお土産と、今日の記念に何かストラップでも買う?」
「まさかのお揃いにしちゃう?」
「おやっさんの前では付けらんねーなぁ」



なんて、そんな冗談を言い合いながらギフトショップでお土産を見繕う。
家へのお土産はチーズケーキ。
小さめのホールケーキなら今日のデザートにみんなで食べられそう。



「……可愛い」



さて会計、と思ったら小さい白い梟のぬいぐるみのついたキーホルダーが目に入った。
これなら家の鍵につけてもいいし、携帯電話のストラップとしてもいい。

今日、連れて来てくれたお礼に……と思ったけどキーホルダーなんてもらっても困る?
そもそも彼女でもないのに、こんなのプレゼントされたら迷惑?

キーホルダーを手にしたまま逡巡していたら、後ろからひょいっと奪われた。
と思ったら陳列されている同じキーホルダーをもう一つ手に取って、キーホルダー二つをチーズケーキの入っているカゴにぽんぽんっと入れて会計の列に並ぶ藍ちゃん。
慌てて後を追いかければ、待っててとまたしても手で制された。



「藍ちゃん」
「お待たせ〜。ほい、お土産」
「……ありがと」
「あ、こっち俺のね」



チーズケーキの上にそれぞれ包装されたキーホルダーがまとめて入った袋を手渡され、二つの内の一つを何てことないように自分のポケットにしまう藍ちゃん。
こんなことをサラッとやってのける辺りが大人というか、単に何も考えていないだけか。



「わ、たし……帰る前に、お手洗い行ってくる……!」
「お?行ってらっしゃい?」



何だか急に恥ずかしくなって目の前のトイレに駆け込む。
個室には入らず、洗面台へ向かって蛇口をひねる。
流れる水に手を晒しながら心を落ち着かせる。

きっと何も考えていないんだ。
お揃いにしちゃう?なんて冗談を私が言ったからで、別に藍ちゃんに他意はない。
そう、私の戯れ言に付き合ってくれただけ。



心を落ち着けてトイレから出れば、見慣れた長身男性が知らない女性二人組に挟まれていた。
……あれは、まさかナンパ?

近づいて行けば会話が聞こえてきて疑問が確信に変わる。
何だ、このモヤッとした感情は。



「ね、いいじゃない?この後飲みに行きましょー?」
「ごめんね〜、俺もう帰るんだ〜」
「えー、まだ16時だよ?」

「っ……、あぃ……お兄ちゃん!」
「うん?」
「ごめんね、お待たせ。お兄ちゃん、もう帰ろ?」
「あ、あー……うん、ってことだからごめんね〜」



女性二人の間に割って入り、藍ちゃんの腕を捕まえて無理矢理引っ張って歩き出す。
『えー』とか『何あれ』とか背中に受けたけれど聞こえないフリ。
そのまま動物園を出たところで藍ちゃんに呼び止められた。



「桜月ちゃん、桜月ちゃん?もう大丈夫だと思うよ?」
「あ……ごめん、痛くない?」
「全然?寧ろもうちょっとこのまま歩く?」
「……結構です」



気づけばぎゅうぎゅうに腕を握りしめていて服に皺が寄ってしまっていた。
こんなになるまで何を考えていたのだろう。
ただ藍ちゃんがちょっとモテていたことにイラッとしたというか、モヤッとしたというか。



「何かごめんな〜?一緒に来た子がいるから、って断ったんだけど。ほら、俺ってイケメンだから?」
「…………」
「ん?うん?どした?」
「はいはい、イケメンイケメン。さ、帰ろ」
「二回言うな、二回はダメ」



うん、気のせいだった。
ヤキモチだなんて有り得ない。
だって藍ちゃんは………藍ちゃんだから。


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