MIU404長編

□六話
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中学でも高校でも思ったけれど、学生生活というものは本当にあっという間で。
近所に住んでいる友達のお姉さんが都内の大学に通っていると聞いて、帰省した時にアドバイスを求めたら。
奥多摩から通うなら一限の講義は入れない方がいい、という有り難いお言葉をいただいた。
あとできるだけ単位は1、2年生の内に取っておけ、と。

実際に通い始めると確かに一限に入れてたら大変だったな、とは思う。
朝にゆっくりできるのはいい。
月曜から金曜まで午前中の講義を集中して入れたので午後は比較的余裕があってバイトもできるようになった。



「……ねぇ、藍ちゃん」
「んー?」
「大学だバイトだって忙しくしてたら、もう2年生って……どういうことなんだろうね」
「充実してたってことじゃ〜ん?」
「もうゼミ決めと就活の準備だよ……」
「お、頑張れ〜」
「ねぇ、藍ちゃん?」
「さっきからなーんだよ」
「……あのランドセルは何?」



午後の講義もなければバイトもない。
珍しくそんな予定のない日。
たまには家か交番でゆっくりしようと思って早めに帰宅すれば、ちょうどパトロールを終えて交番に戻ってきた藍ちゃんと鉢合わせた。
そのまま自然な流れで藍ちゃんの後に続いて交番に入り、定位置のパイプ椅子へ。

自分でお茶淹れようかな、なんて思っていたら奥の部屋に置かれたランドセルの箱が目に入った。
しかも3つも。



「ほら、何か去年の終わりにタイガーマスク現象ってあったじゃん?」
「あぁ……何か児童養護施設にタイガーマスクの名前でランドセルの寄付があった、ってやつ?」
「そうそう、俺も『足長デカより』ってやろうと思ってさ〜」
「……へぇ」



あれ、それって逆にランドセルばかり届いて困ってるって話をどこかで聞いたような……いや、そんな話はきっと知りたくないはず。
そっとしておこう。

自己完結してお茶を淹れに席を立つ。
元々祖父が勤務していた交番ということもあるけれど、後釜として来た藍ちゃんがここに着任してからの方が入り浸っている気がする。
すっかり勝手知ったる我が家状態。



「帰んなくていーの?」
「帰ったらおじいちゃんとまた喧嘩になるだけだからいーの。今朝もバトったし」
「今日の理由は?」
「んー、就活のこと。っていうか最近喧嘩の原因がずっとそれなの知ってるでしょ」
「んー……むじいなぁ」



そう、大学受験でもバトルしたと言うのに、今度は就活でもバトル。
祖父の言う「手に職」をつけたというのに、その職を活かして在宅でもできる就職先を探そうとすれば『ちゃんと毎日会社に出勤するところにしろ』なんて言う。



「おばあちゃんの体調も心配だから家にいたいのに……」
「由布子さん、体調どう?」
「ん……今日は良さそうだった、かな……」
「そっか……」



今年の初めに風邪をこじらせて肺炎になって以来、祖母の体調はあまりよろしくない。
小さな体調不良を繰り返して床にいる時間も長くなり、食事の用意は私がすることも多くなった。
大学受験の際に『私達の方が先にいなくなるから』と言われた言葉が少しずつ、その形をはっきりとさせてきているようで穏やかではいられない。



「藍ちゃん……」
「ん?」
「怖い、」
「……うん」



両親が事故で亡くなった時は小さかったし突然のことで実感が湧かなかった。
ただ、日に日に小さく弱くなっていく祖母を目の当たりにして、最近あの時の喪失感に急に襲われることが増えているのも、また事実。
家にいたいようでいたくない。
ずるずると姿勢を崩して机に突っ伏せば、頭に大きな手が乗せられてぐしゃぐしゃと混ぜるように撫でられる。



「そんな顔すんなって〜、来週誕生日じゃん?」
「んー……ついにティーンエイジャーが終わってしまう」
「いいじゃんいいじゃん、ハ・タ・チ〜」



そう、来週はついに二十歳の誕生日。
大学の同期達に酒解禁だ、飲みに行こうと誘われたが、誕生日当日は勘弁してもらった。
毎年、その日は家族で過ごすと決めている。



「おばあちゃん、ご馳走作るって言ってたから藍ちゃん来てよね」
「俺もいいの?」
「普段呼んでなくても来るくせにー」
「さすがの藍ちゃんも気にするって〜」
「……いいよ、藍ちゃんがいた方が賑やかでお父さん達も喜ぶ」



12年前、私の8歳の誕生日。
予約していた誕生日プレゼントとケーキを受け取りに行った帰りに両親は事故に巻き込まれた。
都内に住んでいた私達の家に祖父母が遊びに来てくれてみんなでパーティーをすることになっていた。
おばあちゃんの料理の手伝いする!と祖父母と留守番をしていた私は難を逃れたけれど。



「私も、藍ちゃんがいてくれた方が嬉しい」
「……ん?」
「藍ちゃんがいたら、おじいちゃんの相手してもらえるからね」
「その言い方〜、素直じゃないなぁ〜?」
「あ、誕生日プレゼント楽しみにしてるね」
「ちゃっかりしてる〜……でも、ちゃーんと考えてるから楽しみにしてろよ〜」



ニヤニヤしている藍ちゃんが怖い。
ちゃんと考えてる方が逆に心配。
そんなことを言ったらきっと怒るだろうから口が裂けても言わない。
でも、そうして頭の片隅にでも私のことを置いてくれていると思うとほんのり胸の内が温かくなるのは何故だろう。


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