MIU404長編
□八話
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あの衝撃の夜から半年。
『今すぐどうこうしようって思ってない』という言葉通り、次の日から今までと何ら変わらずに接してくる藍ちゃん。
変わったことと言えば私のことを呼び捨てするようになったこと、そして少しスキンシップが増えたこと。
逆にこちらが意識してしまって初めのうちは距離を取ってしまったけれど、慣れというものは怖いものでいつの間にかそれも日常になってしまっていて。
本当であれば藍ちゃんとはもっと早くにきちんと向き合うべきところだったのだけれども。
成人式から一ヶ月が経った頃、祖母が入院してしまって。
元々医師からは入院を勧められていたものの、家にいたいという祖母の思いを尊重して投薬と通院を続けて騙し騙しでここまで来たけれど、ついに入院となってしまった。
身内が入院するというのは何かと慌ただしくなるもので、毎日バタバタしているうちにあっという間に夏を迎えていた。
「指名手配犯……逮捕〜!」
「………何を、してるの?」
大学での講義が終わり、いつものように交番に顔を出してみれば。
指名手配犯の顔写真が載ったポスターに向かってゴム鉄砲を飛ばしている藍ちゃん。
この人、暇なのかな。たまに本気でそう思う。
「おかえり、桜月。今日早いじゃん?」
「ただいま、ちょっと夕飯準備してからおばあちゃんのとこに行こうと思って。あと帰りに買い物も。
明日はインターンあるから行けなさそうだし」
「そっかそっか」
気づけば私も大学3年生。
インターン、就活、ゼミ、卒論の準備とそれなりに忙しい日々を送っていた。
祖父は相変わらず、と言いたいところだけれども祖母の入院以降、家事をすることが増えた。
それまで祖母と私で家事を主に担っていたけれど、私一人では厳しいと判断したようで気づくと洗濯物が取り込んであったり、掃除機をかけていたりと家事の比率に変化もあった。
「俺も行こっかな〜」
「藍ちゃんはまだ勤務時間中でしょ」
「パトロールパトロール、それに桜月と歩きたいし?」
「……あ、そう」
藍ちゃんから好きだと言われた、あの日以来、こういう発言が多くなった気がするのは気のせいではないはず。
あれから半年が経っていて、あの時以来そういう雰囲気になったことはなくてたまに夢だったんじゃないかと思うこともある。
それでも彼のこういう発言や呼び捨てにされる名前を聞くと、やっぱり夢ではなかったと実感する。
だからと言って、この関係が変化するなんて今の私には考えられなくて。
「ん?どした〜?」
見つめすぎていたのか、藍ちゃんと目が合って顔を覗き込まれる。
内心驚いたけれど、顔には出さないようにしてぼんやりと頭の片隅にあった別の話題を引っ張り出した。
「……夕飯何にしようかな、って」
「じゃあリクエストしていい?」
「作れる物なら」
「じゃあ〜……オムライス!」
「たまには洋食もいいね……卵買いに行かなきゃ」
「一緒に行く?」
「勤務時間中!……でも、病院には付いてきて欲しいから、後でね」
「オッケー!」
入院してから更に小さくなってしまった祖母を目の当たりにするのは、少し怖い。
何だかんだで彼を頼りにしてしまっていることは理解している。
ただ、彼の気持ちを利用してしまっているのではないかと思ったこともある。
それについては一度聞いたことがあった。
そうしたら、
『俺は全然オッケー、そこ気にして別な奴頼られるより今まで通りこうやって交番に来てよ』
と、こともなげに言う。
その言葉に甘えて今でもこうして交番に入り浸ることが多いけれど、いつまでもそれでいいのかと自問自答する毎日。
確かに、藍ちゃんのことは好きだ。
けれども、それが家族に対するものなのか、はたまた別なものなのかは区別がつかない。
「おばあちゃん、来たよ」
「由布子さ〜ん、こんちは〜」
「あぁ……桜月ちゃん、藍くん」
「いいよ、そのままで大丈夫。無理しないで」
「ごめんねぇ」
すっかり細くなってしまった祖母を見るのは胸が痛む。
けれどそれを表に出さないようにして笑顔を作る。
最近は歩くこともままならなくなっていて今年の秋を迎えられるかどうか、と医師からは言われている。
残された時間があと僅かだと思うと、部屋で一人でいることすらも怖い。
「桜月ちゃん?」
「うん?」
「どうしたの、難しい顔して」
「あ……うん、明日ね、インターン……就活で会社に行くことになってて。ちょっと緊張気味」
「そうなの、桜月ちゃんがもうお勤めするようになるのねぇ」
しみじみと話す祖母の顔はどこか遠くを見ていて、きっと祖父母の家に引き取られた頃の私の姿を思い出しているのだろう。
何となくそんな気がした。
1時間ほど談笑したところで夕方の回診になり、病室を後にする。
パトロールと称して付いてきてくれた藍ちゃんも結局最後まで付き合ってくれた。
「あぁ、藍くん?」
「んー?なーに?」
病室を出ようとしたところで祖母に呼び止められた藍ちゃんがまた祖母の元へと戻って、一言二言会話して嬉しそうな笑顔を見せた後『また来るね〜』と手を振っていた。
何か伝言だろうか、病院を出てから聞いても『ひ・み・つ♪』と教えてはくれなかった。
「じゃあ私、買い物して帰るね」
「ん?俺も行くよ?」
「……パトロールはどうしたんですか、パトロールは」
「あぁー……」
「おじいちゃんに言いつけちゃうから」
「それは勘弁〜。じゃあまた後でな」
ぽんぽんと私の頭を撫でてから交番の方へ向かう藍ちゃん。
その背中を見送ってからスーパーマーケットのドアをくぐった。
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