MIU404長編
□八話
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「じゃあ行ってきます」
「気をつけろよ」
「たぶん帰りは19時くらいになると思うから、お腹すいたら先に夕飯食べてていいからね」
「こっちは心配するな、ちゃんとやってこい」
「はーい」
インターン当日。
リクルートスーツを身に着けて、昨年の誕生日プレゼントに祖父母からもらったバッグの中には今日のインターン先の資料や筆記用具、その他諸々。
そして藍ちゃんからもらった腕時計を手首に嵌めて準備は万端、のはず。
このインターンが初めてという訳ではないけれど、検討に検討を重ねて一番行きたいと思う会社でのインターンなのだから緊張感はある。
もう一度『行ってきます』と声をかけてから玄関を出れば、朝の澄んだ空気が頬を撫でた。
いい天気で良かった。
そう思いながら駅に向かって歩いていると、交番の方からこちらに向かって歩いて来る人影が見えた。
「、藍ちゃん?」
「おはよ」
「おは、よ……どうしたの?早くない?」
「ん、桜月を応援しに来た」
「え……あ、ありがと」
「はい、これ」
「うん?」
手を引かれて掌を上に向けられると、彼の大きな手から色とりどりの小さな袋のようなものがたくさん落ちてきた。
よく見てみれば『就業成就』『交通安全』『厄除守』『勝守』など様々な種類のお守り。
きっと色々考えて買ってきてくれたんだろうとは思う。
いや、でも『安産祈願』は違うと思うの。
「藍ちゃん、ありがとう。頑張ってくるね」
「おう、頑張れ」
数々のお守りを入れてほんの少し重くなったバッグを持ち直す。
『行ってきます』を言おうと顔を上げたところで久しぶりに彼の温もりに包まれた。
「あ、い、ちゃん……」
「今日の会社が一番行きたいって言ってたとこじゃん?」
「そう、だけど……」
「じゃあさ、インターン終わったらちょっとでいいから俺のこと考えて?」
「、え……?」
「今すぐどうこうしようって思ってないって言ったけど、そろそろどうこうしたいかな〜」
「っ、藍ちゃん」
「じゃ、行ってらっしゃ〜い」
パッと離れた彼が頑張って〜、といつもの笑顔で手を振る。
突然の出来事に呆気に取られてしまったが、電車の時間が迫っていることに気づいて行ってきます!と駅に向かって駆け出した。
『どうこうしたい』ってどういうこと?
私はどうしたらいいの?
藍ちゃんはどうしたいの?
そんな問いが頭の中でぐるぐるしている。
まさか朝一でそんなことを言われるなんて思ってもみなかった。
今日のインターン、集中できるかな。
やけに弾む心臓を落ち着ける為、深呼吸をしながらそんなことばかり考えていた。
「では、ありがとうございました」
「じゃあまたよろしくね」
「はい、失礼致します」
無事にインターン終了。
朝はどうなるかと思っていたけれど1時間半も電車に揺られているうちに気持ちも切り替わり、落ち着いてインターンに臨むことができた。
感触も良い。
次回も是非、と言ってもらえたことを考えると悪くないんじゃないかな、なんて思いながら駅へと向かう。
時刻は17時過ぎ。
帰ったらやっぱり19時くらいかな。
今日インターンを受けた会社はリモートワーク可で、週に1〜2回ほど出勤すれば良いという。
奥多摩から毎日通うとなると難しいけれど、リモートワークがメインで出勤が週に2回ならまだ耐えられる。
都内に引っ越すことも視野に入れたけれど、やっぱり今あの家から離れることは考えられない。
「あ、携帯……」
昼にメールチェックだけして、インターン中は電源を切っていた。
メールが入っているとしても、おそらく大学の同期か藍ちゃんくらいで急を要する連絡なんてない。
電源ボタンを長押しして携帯電話を起動させる。
待ち受け画面が開いたところでタイミング良く電話がかかってきた。
駅までの道を歩きながら通話ボタンを押す。
「もしもし、藍ちゃん?」
『桜月、今どこ?』
「んー?インターン終わって駅に向かってるとこ」
『早く帰って来て』
「えー、1時間以上はかかるよ?どうしたの?
あ、お腹すいた?夕飯、家の冷蔵庫に入れてあるよ」
『……桜月、』
「ん?」
電話をしながらメールがどんどん入ってくるのが分かる。
同期内で何かあったのかな、なんて呑気に考えていた。
それにしてもどうしたのだろう、藍ちゃんの声がやけに暗い。
こんな声、初めて聞くかもしれない。
『由布子さんが、亡くなった』
世界から一瞬、音が消えた。
何、?
「藍、ちゃん……?」
『昼間、容態が急変して、そのまま……』
「あいちゃん」
『電話でごめん、でも早く伝えないとって……』
「あいちゃん」
『……桜月?大丈夫?帰って来れる?』
「あ……うん、ごめん……今から、帰るね、」
『迎え行こうか?』
「大丈夫、大丈夫……子どもじゃないんだから、帰るよ」
電源ボタンを押して、通話を終了させる。
電源を落としていた間に届いていたメールがサーバーから送られてくる。
同期が2通と、あとは藍ちゃん。
たぶん容態が急変したと連絡を受けてから、ずっと連絡を取ろうとしてくれていたんだと思う。
メールボックスが埋まりそうなくらいの大量のメール。
「………おばあ、ちゃん」
家に、帰らないと。
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