MIU404長編

□九話
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藍ちゃんから祖母の訃報を受けてからのことは正直、よく覚えていない。
インターン先の最寄り駅に着いて、ちょうど奥多摩方面への電車が来たので乗り込んで。
奥多摩の駅に着けば藍ちゃんが迎えに来てくれていた。
家に帰れば、近所の人達や親戚が集まっていて。
家の一番奥の仏間、仏壇の前に祖父がいた。



「おじいちゃん、」
「あぁ……おかえり」
「うん、ただいま」
「会社はどうだった」
「うん、またよろしくねって言われた。感触良かった」
「そうか」



周りがバタバタと動いている中、祖父と私のいる空間だけが静かだった。
仏間は元々物が少なくて、広々としていたけれど今日は更に荷物が片付けられている。
きっと、これからのことを考えて片付けがなされたのだろう。



「……おばあちゃん、は?」
「まだ、病院だ。明日、迎えに行く」
「そっか……」
「桜月、お前喪服持ってなかったな」
「え、あ……うん、ない」
「明日、買いに行って来い」
「そだね……」



仏壇の前でどうしたんだろう、と思えば祖父の手にはアルバムがあった。
手元を覗き込めば私の成人式の日の写真のページ。
あぁ、やっぱり二人並んで引きつった顔してる。
おばあちゃんはいい笑顔だな、なんて思う。



「由布子さん、いい笑顔っすね」
「あぁ……伊吹、すまんな。桜月の迎え頼んで」
「全然っすよ〜」
「アルバム、見てたの……?」
「あぁ……遺影の写真を選んでくれって、言われてな」
「そっか、……最近、入院してからは写真撮らせてくれなかったもんね」
「由布子さん、乙女だから化粧してない顔は撮らないでって言ってたな〜」



祖父の手にあるアルバムのページを捲ると、どれも祖母はいい顔で笑っている。
逆にどれか一枚を選ぶのが難しいくらい。



「こういうのって最近のがいいのかな」
「ん?」
「おばあちゃん、ずっと残るものだから少しでも若い時の写真がいいわ、って言いそう」
「確かに〜」
「若すぎても誰か分からんだろう」
「じゃあ……これ、私の成人式の時の」
「あぁ、悪くないな」



祖父がアルバムから私が指した写真を剥がして『頼んでくる』と仏間を出て行く。
スーツのままだったことを思い出して、一度着替えた方がいいかな、なんて思っていたら気遣わしげな藍ちゃんと目が合った。



「ん?」
「大丈夫?」
「どうだろ、まだ実感湧いてないだけかも」
「俺、葬儀終わるまで休み取るから何でも言って」
「あ……ごめんね、ありがと」



祖父が置いていったアルバム、仏壇の脇を見ればこれまでの物が山積みにされている。
その内の一冊を手に取って表紙を開けば懐かしい、両親の笑顔。
そういえば最近アルバムを開くこともなかったな、なんて思いながらペラペラとページを捲れば隣までにじり寄って来た藍ちゃんがアルバムを覗き込む。



「これ、桜月のお父さんとお母さん?」
「うん……二人の遺影の写真と同じ写真」
「優しそうだな〜」
「うーん……お母さんは怒ると怖かったよ、お父さんは私に甘かったけど」
「ははっ、それはどこの家も一緒じゃん?」
「そうかも」



何気ない、普段通りの会話。
心を何処かに置いてきてしまった感覚だったけれど、少しだけ日常が戻ってきた気がする。
そして急に朝の出来事がフラッシュバックして、思わず少しだけ藍ちゃんとの距離を空ける。



「桜月?」
「、藍ちゃん……その、」
「あぁー、朝の話?さすがの俺もこんな時に返事ちょーだいとか言わないから」
「ごめん、ね」
「謝ることないって、大丈夫大丈夫」



藍ちゃんの大きな手が私の頭を撫でる。
その感覚に気が緩んだのか、一滴涙が落ちた。



































両親が事故死した時、私はまだ小さくて祖父母を中心に周りの大人が慌ただしくしていたことしか記憶になかったけれど。
大人になった今、葬儀のあれこれに携わると故人を偲ぶ時間もないくらい忙しいことが分かった。
祖父の関係で絶えることない弔問客への対応、葬儀屋との打ち合わせと葬儀の準備、お手伝いに来てくれた近所の方々への気配り。
息をつく暇もないとはまさにこのことだろう。
けれど逆に湧き上がってこようとする感情に蓋ができて、丁度いいのかもしれない。



「ふぅ……」
「桜月?」
「……藍ちゃん」
「大丈夫?疲れてない?」



通夜振舞いが終わり、諸々の片付けなどが済んでようやく一息ついた頃。
線香番を買って出てくれた藍ちゃんが台所に顔を出した。



「ん、ありがと……大丈夫、まだ明日もあるし……おじいちゃんは?」
「風呂入って来るって、桜月もおやっさんが上がったら入っておいで」
「藍ちゃん」
「ん?」



一瞬、目の前の彼に縋り付いて泣き出したい衝動に駆られた。
けれど今ここで泣いてしまったら、きっと明日立ち上がれない。
せめて葬儀が終わるまでは堪えなければ。



「、色々ありがとう……おじいちゃんも助かってると思う」
「大丈夫大丈夫、全然問題ナッシング〜」



そう言って笑って見せた藍ちゃん。
その笑顔が心に刺さった棘の痛みを少しだけ和らがせた。


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