MIU404長編

□十一話
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「おじいちゃーん、行くよー」
「煩ぇな、大声出さなくても聞こえてる」



時の流れは早い。
就活も終わり、卒論も仕上げの時期。
あっという間に祖母の一周忌を迎えた。
法事の為、今日はお寺へ。
一周忌法要なので本来であれば親戚も呼んで執り行うべきところだけれども、喪主である祖父が『皆を呼ぶのはしんどい、桜月と二人でやるから家に来なくていい。各自の都合に合わせて好きに墓参りしてくれ』と親戚一同に連絡をしたため、祖父と二人での一周忌法要。

最近、というより祖母が亡くなってからの祖父は明らかに意気消沈していた。
元々仲の良い夫婦だったけれど長年連れ添った相手がいなくなるというのは、こんなにも心に傷を負うものなのか。
居間で小さくなった背中を見るとこちらも心が痛む。

法要の後、二人でお墓参りをすれば既に先客がいたようでお墓は綺麗に掃除されて花が飾られていた。



「こんな早くに……わざわざここまで来てくれた人がいるんだね」
「……伊吹だろう」
「あぁ……藍ちゃん」



名前を言われて納得。
確かに彼ならば勤務時間前にここに寄ってお墓掃除をするくらい何てことないだろう。
いつもならばもう交番にいるはずの時間に姿が見えなかったのはその為か。
情に厚い彼のことだ。
由布子さんには世話になったから、と朝早くにここに来て掃除をしてくれたと思うと少し頬が緩む。

お陰ですぐに花を挿して線香を上げることができた。
祖父と並んで手を合わせる。

もう、一年か。
色々あったなぁ、なんて思っていたら隣にいた祖父が動いたのが気配で分かった。



「そういえば」
「ん?」



不意に声をかけられて目を開ければ、珍しく穏やかな表情でこちらを見ている祖父。
何だろう、と首を傾げれば次いでニヤリと悪い顔で笑われた。



「お前、伊吹とはどうなんだ」
「はっ?!何それ、どうって何?!」
「付き合ってんじゃねぇのか」
「ないない!付き合ってない!
いや、その、好き、って、言われたけど……」
「何だ。最近ベタベタしてるとは思ってたけど、付き合ってねぇのか」
「ベタベタなんか、してない!」



何を突然言い出すのかと思えば。
いや、確かに最近以前にも増してスキンシップは多くなったし、祖父の前でも遠慮がなくなってきた気はする。
それにしても周り、特に一番近くにいる祖父からそう見えるということは……やっぱりそうなんだろう。



「冗談はさておき、だ」
「うん?」
「アイツ、こっちに来て何年になる?」
「え?えーと……私が高校2年に上がった年だから、5年?今年で6年目?」
「そんなになるか」



どこか遠い目をしている祖父。
どうしたと言うのだろう。
藍ちゃんがどれくらいここにいるかなんて、何か問題でもあるんだろうか。
突然の質問に首を傾げていれば、ふっと笑った祖父がゆっくりと帰り支度を始める。



「え、何?」
「アイツだってまだ若い。いつまでもこんな山奥の交番勤務で終わるはずないだろ」
「え……?」



不意に呟くように放たれた祖父の言葉。
耳には届いたけれど、理解ができない。
どういう、こと?



「大体どこも3年程度で異動になることが多いんだ。6年もいるなんざ、そうそうあることじゃねぇ」
「そう、なの?」



知らなかった。私が知る警察官は祖父と藍ちゃんだけで、その祖父もここの交番に10年勤務したと聞いている。
そんな私の考えなんてお見通しのようで、彼とは違う節くれだった手が頭に乗せられる。



「俺は最後は静かに交番勤務がしたいと希望して、こっちに来たんだ。俺とアイツじゃ訳が違う」
「そっ、か……」
「いつ異動の辞令が出るか分からん。目の前からいなくなってからじゃ遅いからな。
言いたいことがあるなら、そこにいるうちに言っておけよ」
「………ん、」



『言いたいことがあるなら、そこにいるうちに言っておけ』
その言葉がやけに重く感じられたのは、祖父自身が何か後悔しているからなのだろうか。



…………藍ちゃんが、いなくなる?

いつでも交番で迎えてくれて
色んな愚痴を聞いてくれて
大きな手で頭を撫でてくれて
おばあちゃんが亡くなった時に支えてくれて
一人でいた時、雷から守ってくれて

ひねくれ者の私のことが好きだと言った藍ちゃんが、いなくなる、?



「それは…………嫌、だなぁ、」
「答え出てんじゃねぇか」
「、え?」
「伊吹がいなくなるのが嫌だって言うなら、それが好きだってことだろ?」
「…………そう、なのかな」
「それに、見てれば分かる。
伊吹といる時のお前の顔は、いい表情してる」



祖父は口煩いけれど、間違ったことは言わない。
祖母がよく言っていた。
たくさん喧嘩はするけれど、それは私も分かっている。

だからきっと、そういうことなんだろう。



「………ねぇ、おじいちゃん」
「何だ」
「恋愛って、もっとドキドキするものだと思ってたんだけど、藍ちゃんには全然ドキドキしないのは何で?」
「俺に聞くな、こんな話を孫とするなんざこっ恥ずかしい」
「おじいちゃんが言ってきたんじゃない!」



もう、と背中を叩けば、ハッハッハとやけに楽しそうに笑う祖父。
祖母が亡くなってからこんなに楽しそうな祖父を見るのは久しぶりな気がする。



「ヤツにくれてやるのは癪だが、お前が幸せになるならそれでいい」
「ねぇ、話が飛躍しすぎだってば。付き合ってもないのに」



二人並んで、家まで歩く。
この何気ない穏やか日が一日でも長く続きますように、と願いながら。


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