MIU404長編

□十二話
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人生はほんの小さな願いすら叶わないのか。

祖母の一周忌法要の翌日。
朝、珍しくいつまでも起きて来ない祖父を朝食だと起こしに部屋に行けば、そこには眠るようにして生命維持活動を止めた祖父がいた。



「藍ちゃんっ……!」
「お、桜月?……どした?」
「おじいちゃんが……」
「おやっさん?」
「息、してないのっ……」



こういう時、どうしたらいいか分からなくて目の前の交番に駆け込んだ。
泣きそうな、というよりはもう半分泣いていたのかもしれない。
そんな私の表情を見て、笑顔が一瞬曇った藍ちゃん。
この顔はあんまり見たくないな、なんて遠くの方で思いながら悲しい事実を伝える。

それを聞いて目の色を変えて、弾かれたように交番を飛び出して行った藍ちゃんの後を追いかける。
家まで50mもないのに、ぐんぐん引き離される。
足が速いのは知っていたけれど、本気の藍ちゃんはこんなにも速く走れるんだ、と場違いなことばかり頭に浮かぶ。



「桜月!救急車呼べ!!」
「っ、はいっ……」



布団を引き剥がして祖父に馬乗りになって心臓マッサージを始める藍ちゃんに指示されて、携帯電話を取り出す。
そうか、救急車。
救急車呼ばなきゃ。



「救急車……」
「119押して!」
「1、1、9……」



震える手でボタンを押す。
電話が繋がってからのことは覚えていない。
心臓マッサージをしながら藍ちゃんが全部答えてくれて。

救急隊員の到着後、あきる野署から警察官が何人もやって来て。
昨夜の様子や持病の有無、色んなことを聞かれた。
それも上手く言葉が出て来ない私の代わりに藍ちゃんが答えられる範囲は答えてくれて。
きっと藍ちゃんがいなかったら聴取にはもっと時間がかかっていただろう。

























「桜月、皆帰ったよ」
「……うん、」



持病、というほどではないけれどこの半年ほど心臓の薬を服用していた祖父の死因は虚血性心疾患、とよく分からない診断だった。
状況的にも事件性はないとのことで夕方には警察の人達も引き上げていった。

朝、私が見つけた状態のままの祖父の傍らに座り込んでしまって、動けない。
これから、何をしないといけないんだっけ。
親戚に連絡?葬儀屋さん?



「桜月、これ」
「な、に……?」



私の隣に座った藍ちゃんから白い封筒を差し出された。
そこには祖父の字で『桜月へ』と書かれてある。
どうして、藍ちゃんがこんなものを持っているの?
封筒からゆっくりと目線を上げれば、気遣わしげな藍ちゃんと目が合う。



「おやっさんから、頼まれてたんだ。『俺に何かあった時……死んだ時に渡してくれ』って」
「おじいちゃんから……」



どうして藍ちゃんに、と一瞬思ったけれど。
こういう状況で私が真っ先に頼りにするのは藍ちゃんだということを、祖父は分かっていたのだろう。

現に息をしていない祖父を見つけた時に私が助けを求めたのは藍ちゃんで、こうして隣にいてくれているのも藍ちゃん。
きっと彼がいなかったら、もっとひどいパニックを起こしていたはず。

ゆっくりと封筒を手に取り、封を開ける。
そこには、祖父が亡くなった後に何をどうすべきか、葬儀のこと、費用のこと、家のこと、1つ1つ項目に分けて書いてあり、手紙の最後は迷惑をかけるがよろしく頼む、と結んであった。

きっと祖母が亡くなった後から少しずつ書きしたためていたのだろう。
いずれこういう日が来た時の為に。



「こんなの、直接話してよ……」
「俺も一回はヤだって言ったんだよ。
でも、桜月に直接話したらきっと泣くから、って」
「そんな気遣いいらない……」



そんなことよりももっと生きてほしかった。
もっともっと生きて、側にいてほしかった。
まだ、伝えていないことだってあるのに。
そこにいるうちに伝えておけ、と言ったのはおじいちゃんなのに。



「っ、〜〜〜……っ、」



やらなければいけないことはたくさんあるのに立ち上がれない。
涙がとめどなく溢れてくる。


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