MIU404長編
□十三話
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「眩し……」
カーテン閉め忘れたかな、と思うほどの明るさに閉じたままの目を顰めれば、普段使っているベッドの柔らかさが感じられない。
……あれ?
私、どこで寝てる?
「…………!?」
目を開けて辺りを見渡せばどうやら居間で寝落ちしてしまったらしい。
そこで気づく、私が枕代わりにしているのは誰かの足。
昨日の夜、何してた?
「あ、藍ちゃん……、?」
「んー……あ、おはよ」
「や、やだっ……ごめん、私っ」
「大丈夫大丈夫、桜月軽いし」
そういう問題ではない。
疲れていたにしても人様の足を枕代わりに爆睡するなんて何事か。
しかも上着まで掛けてもらっていたようで、慌てて上体を起こした時に肩から滑り落ちていった。
時間を見れば朝の5時。
いくら身体が丈夫な彼だと言っても、こんなに長い時間身体を動かせずにいたらあちこち痛いに決まっている。
その証拠に首を回したり背伸びしたりとストレッチを始めたではないか。
「本当にごめんなさいっ」
「だから大丈夫だって〜、それよりちゃんと寝れた?」
「それは……うん、お陰様でぐっすりと……」
オッケーオッケー、と何が良いのか全く分からないけれど満足そうな藍ちゃん。
いや、確かに祖父が亡くなってからの数日、やることも考えることもたくさんあってまともに寝る時間もなかったし、横になったとしても眠りが浅くて何度も目が覚めた。
葬儀の諸々が終わっても続くようなら睡眠導入剤を処方してもらわなければいけないかな、なんて思っていた矢先のこれである。
いくら彼の隣が安心するからと言っても、流石にちょっと恥ずかしい。
色々と大丈夫だったかな、寝言とか涎とか。
「あ、桜月。まだ時間あるし、シャワー浴びてきたら?」
「あ……うん、そうする……」
何であんなにケロッとしているんだろう。
寝落ちしたのは私だけれども彼のことだから、からかうなり弄るなりありそうなものなのに。
浴室に向かいながら何となく違和感を覚える。
……いや、深く考えるのは止めておこう。
まずは今日の葬儀に気持ちを向けなければ。
「藍ちゃん、ここにいたんだ」
「おう……桜月、どした〜?」
「ん、皆帰ったからさ。藍ちゃんにお礼言わないと、と思って」
親戚も弔問客も帰り、家の中が静まり返る。
最後に一人、残っているはずの彼を探せば仏間にある祭壇の前で祖父の遺影と差し向かいで缶ビールを傾けていた。
遺影の前にはもう一本、手付かずの缶ビール。
「おじいちゃんと、何話してたの?」
「んー?ナーイショ」
「何それ」
ニッ、と笑ってみせる藍ちゃんの笑顔につられて笑えば、わしわしとかき混ぜるように頭を撫で回される。
そしてそのまま彼の胸に引き寄せられた。
「藍、ちゃん……」
「ん?」
「ありがと……藍ちゃんが、いなかったら、何も、動けなかった」
「ん、」
自分でも自分の声が震えているのが分かる。
一連の儀式が終わり、家の中が静まり返った今、あの日枯らしたはずの涙が急に舞い戻ってきて。
彼の笑顔を見たら、また止められなくなった。
「私、ちゃんと、見送れたかな……」
「大丈夫、ちゃーんとやってたよ」
「おじいちゃん達……安心できるかな」
「大丈夫だって」
家中が静かになり、一人になってしまった寂しさが襲いかかってくる。
親戚はいるけれど、私からすれば血縁は薄い。
祖父が亡くなって、おそらく今後連絡を取ることもないだろう。
本当に、一人になってしまった。
「桜月、」
名前を呼ばれて、涙を拭いながら顔を上げれば藍ちゃんの大きな手で顔を包み込まれた。
優しい目で見つめられ、目尻を指でぬぐわれて、ゆっくりと藍ちゃんの顔が近づいてくる。
いくら恋愛経験の少ない私でも、これは分かる。
「…………ごめん、ちょっと待って」
「え……」
目を閉じかけたところで藍ちゃんがパッと離れていった。
あれ、私の勘違い……?
…………キス、されると思った……。
「ごめんごめんっ。
いや、めっっっっちゃめちゃちゅーしたいよ?!」
「っ、そんな、ハッキリ言わなくても……」
いや……私も、そのつもりでいたけれど。
改めて口にされると恥ずかしいもので。
先程までの涙がすっかり止まってしまった。
これはこれで恥ずかしくて藍ちゃんの顔が見られない。
「さすがの俺も、おやっさんの前では手出せないよ」
「っ………」
言われて気づいた。
遺影の中の祖父が難しい顔をしている、そんな気がした。
何となく気まずい空気が流れる。
もう、どうしてくれるんだ。
恥ずかしくて顔を押さえていれば、ちゅっという音と、額に柔らかな感触。
え…………えっ?今、藍ちゃん……
「これだけ、許して?」
悪戯っ子のように笑う彼。
あぁ、もう。今夜は別な意味で眠れそうにない。
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