MIU404長編

□十四話
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納骨まではどこかで見られていそうだから、と言った藍ちゃんは毎日家に来るものの、一緒に夕飯を食べて夜8時には「おやすみ」と帰って行った。
私も諸々の手続きを済ませて、止めてしまっていた卒論の仕上げや就職先での研修などを再開させて、少しずつ日常を取り戻していた。
それでもやっぱり家の中から人の気配がしないことにはまだまだ慣れなくて。

















季節が少しずつ秋に向かい始めた頃。
祖父の四十九日、納骨の日を迎えた。
親戚は遠方ばかりだったし、祖父の意向もあって私だけで済ませる旨を葬儀の際に伝えてあった。
藍ちゃんに託された祖父からの手紙にもそれでいいと書いてあり、その言葉を有り難く受け取ることにした。

お寺でお経をあげてもらった後、納骨を済ませる。
これで、やっと区切りがついた。
いや、まだ諸々終わっていないのは分かっているけれど、祖母の時も納骨で一区切りついた気がしていた。



「藍ちゃん、今日はありがとね」
「おう」
「本当ならちゃんとしたお食事を用意するところなんだけどさ」
「そんなのいいって〜。いっつもご飯作ってもらってるし」
「そういうと思った」



まっすぐ家に帰って来て、二人分のお茶を淹れる。
最近ではすっかり当たり前の光景。
いつもなら藍ちゃんが何かと話題を振ってくれて、会話が途切れることなんてないけれど今日はやけに静かで。
藍ちゃんといる時の、静寂は嫌いじゃない。
けれど今は何となく落ち着かなくて。



「半袖とは言っても喪服はやっぱり暑いね。
…………あ、そうそう。アイス買ってあったんだ、食べる?」



居心地悪くて立ち上がろうとすれば、テーブルの斜向かいに座って無言で庭を眺めていた藍ちゃんに手首を掴まれた。

熱い、掌。
いつもの優しい、温かいそれとは違う、どこか彼の内面を表しているかのような熱さ。

ゆっくりとこちらを向いた彼に真っ直ぐに見つめられる。
その瞳に当てられて、喉がひりつく。
言葉が、出て来ない。



「桜月、」
「な、に……」
「……………話、しよ?」



話、とは何のことか分かっている。
祖父が亡くなった日、落ち着いたら話をしたいと言ったのは私だから。
浮かせた腰を元の場所に戻して、ゆっくりと居住まいを正す。
座り直した私を見た藍ちゃんの手が離れていき、思わずその手を取ってしまう。
手首や腕を取られることはあっても、手に触れることは初めてかもしれない。
それだけでも心臓が跳ねる。



「藍、ちゃん」
「うん、」
「あのね、」
「うん」
「おじいちゃんに、言われたの」
「うん?」



祖母の一周忌法要の日、祖父が亡くなる前日のことを思い出す。
あの時、あの言葉がなかったら、きっとまだずるずると引き延ばしていたかもしれない。
祖父はこうなることを予想していたのだろうか。
………流石にそれはないと思いたいけれど。

祖父に言われた言葉を1つ1つ、紡いでいく。



「藍ちゃんはまだ若いから、山奥の交番勤務で終わるはずない、って」
「んー……それは分かんねぇな〜。色々やらかして飛ばされてきたし」
「それでも、いつ辞令が出て異動になるか分かんないって」
「うん……それで?」
「いなくなってからじゃ遅い、いるうちに伝えたいことは伝えておけ、って」
「おやっさん、カッコいい〜」



祖父の言葉の本当の意味が今なら分かる。
いなくなってからでは遅い。
祖母にも、祖父にも、まだ伝えたいことがあったのに、全て伝えられないままに二人共逝ってしまったから。

もう、後悔はしたくない。
自然と彼の手に重ねた自分の手に力が篭もるのが分かる。



「言われた時に思ったの、藍ちゃんがいなくなったら嫌だなって」
「桜月?」
「………嫌、だよ。だって藍ちゃんがいなかったら、私、今こうやっていられなかったもん」
「ん、」



きちんと伝えたい。
今の思いを、全部、目の前の彼に。



「それが、好きだってことだ、って」
「、え」
「おじいちゃんに言われて、分かった」



あれから祖父の言葉を頭の中で繰り返して、ずっと考えていた。
けれど、どれだけ考えても答えは一つで。

側にいたい
手の届く場所にいたい
頭を撫でて欲しい
隣で笑っていて欲しい
たくさん話をしたい

こう思うのは、彼にだけ。



「私、藍ちゃんが、好き。
藍ちゃんと同じ気持ちだと思う」
「………マジ?」
「こんなの、冗談で言わないよ」



これまで真っ直ぐに目を合わせていた藍ちゃんが急に俯いて身体を震わせている。
どうしたんだろう。
私、変なこと言ったかな。



「桜月?」
「なに?」
「ちょっと、こっち来て」



こっち、と俯いたままに指差されたのはテーブルの向こう側、藍ちゃんの隣。
ずりずりと膝で歩いて側へ行く。
何だろう、顔が見えない分、何を考えているか全く分からない。



「藍ちゃん……っ?!」
「ちょー嬉しい」



顔を覗き込もうとしたら、重ねていた手を逆に取られて引っ張られる。
バランスを崩し、藍ちゃんの胸に倒れ込む形となった。
鼻をぶつけて地味に痛い。
抗議する為、顔をあげようとしたらその前に意外と逞しい腕で強く抱き締められて動きを制される。



「藍、ちゃん」
「俺も好き。桜月のこと、大好き」



ぎゅうぎゅうに抱き締められて、ちょっと苦しい。
でも、それでも胸の奥は何故かポカポカしていて。
鼻の奥がやけにツンと痛くて、涙が出そう。
最近、藍ちゃんの前では泣いてばかりだ。
そう思うと顔をあげられなくて、思わず広い背中に腕を回した。








「桜月?」
「ん?」



どれくらいこうして抱き合っていたのだろう。
滲んでいた視界が少し落ち着いた頃、優しい声音が頭の上から降りてきた。
ぽんぽん、といつものように頭を撫でられて、ゆっくりと顔を上げればこれまで見たことのないような藍ちゃんの優しい表情。
暖かくなった胸の奥がきゅーっと締め付けられる。



「この間の続き、してもいい?」
「続き……?」



続き……って何、と内心首を傾げて気づく。
あの時と同じように両手で顔を包まれて、彼の親指でゆっくりと唇をなぞられる。

あの時は感情の昂るままに流されそうになったけれど、今回は、



「ね、」
「っ……」



いつもの彼はどこへ行ってしまったのか。
穏やかなことは知っている。
けれど、こんな風に笑う藍ちゃんを、私は知らない。
こんな、瞳の奥で炎が揺らめいている、男の人の顔は知らない。



「藍、ちゃん……」
「嫌なら、しないよ?桜月のこと、大事だから」
「っ…………」



その言い方は狡い。
この間、藍ちゃんが止めなかったら、そのまま受け入れていたことを知っているのに。
これは絶対に、私の口から言わせようとしている。



「………そんな聞き方、狡い」
「だーって俺、ちょー待ってたよ?これくらい良くない?」
「じゃあ、嫌。藍ちゃん、狡いもん」
「じゃあ、ちゅー、しない?」



額と額が合わさって、お互いの吐息が感じられるほどの距離。
もう藍ちゃんのどこにもフォーカスが合わない。
それでも、一番触れたいところは離れたままで。



「………嫌」
「んー、頑固ちゃん〜」
「違う」
「ん?」
「ちゃんと、続き、して」



そう言った私の顔は真っ赤だったのは鏡を見なくても分かる。
これまで見たことないくらい嬉しそうに笑った藍ちゃんと、ようやく影が重なった。


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