MIU404長編

□エピローグ
1ページ/2ページ


押し入れから引っ張り出してきたアルバムをめくりながら、すっかり思い出に耽ってしまっていた。

あの頃から変わったものはたくさんあって。
不変のものなんてない、それは分かっていた。
けれど、それを寂しいと思うのは今は彼が隣にいないからか。



「さーてと……今日はどうしようかな」



光熱費の支払いは続けていて、一通りの生活はできるけれど冷蔵庫の中は空っぽ。
寧ろ冷蔵庫はプラグを抜いていて、その機能を果たしていない。
来る途中で買い物しておけば良かったな、と少し後悔。

というか頭が冷えてきて自分の行動にも若干の後悔をし始めている。
機捜に異動になって、日々忙しくしている彼のことは見てきたのに数日帰って来ない程度で家出なんて。
そもそも彼は私がここにいることを知らないどころか、明日私がアパートに帰ってもまだ帰って来ていない可能性だってある。
そう考えると私は何をしているんだろう、と少し虚しくもなる。

彼に全て負わせるつもりはないと思いながら、少し寂しさを感じたくらいでこんな行動を取っている。
年齢を重ねただけで中身はあの頃の、藍と出会ったばかりの頃と何一つ変わっていないのではないか。
彼は機捜の仕事にやりがいを見つけて、あんなに生き生きとしているというのに。



「ダメだなぁ……」


今は何をどう足掻いてもポジティブには考えられないらしい。
こういう時はお酒の力を借りて、早々に寝てしまうのが一番。
眠ってしまえば気持ちもリセットできるはず。
辺りはもうすっかり暗くはなっているけれど、この時間ならば近くのスーパーマーケットも開いているし、さっと買い物して戻って来れば問題はないだろう。









































「……重い」



今日はやけ酒だ、と意気込んで目についたチューハイの缶を手当たり次第カゴに放り込んだはいいけれど流石に買い込み過ぎた。
明日アパートに持って帰るにしてもこの量を消費するのに何日かかるのだろう。
失敗した、もう少し加減すれば良かったのに。
どうにも今日は色々なストッパーが外れてしまっているようだ。



「桜月?」



スーパーからの帰り道。
引きずるようにして買ったお酒やおつまみを抱えて歩いていた。
もうすぐ家に着く、というところで背後から声をかけられる。

聞き覚えのある、懐かしい声。



「………貴也?」
「やっぱり、お袋に聞いてたけど本当に帰ってたんだな」
「貴也こそ、帰って来てたんだ?」
「まぁ……里帰りってやつ」
「私も、そんな感じ」



幼馴染に会うのはいつぶりだろう。
それこそ成人式で会って以来……いや、違う。
そういえばあの後にも会う機会があった。



「元気してる?」
「まぁな〜、相変わらず野球もやらせてもらってるよ」
「社会人野球ってあんまり知らないんだけど貴也のとこって強いんでしょ?」
「それなりにな、つーか桜月こそどうしてるんだよ。急に引っ越したって聞いてるけど」
「まぁ色々ありまして……」



歩きながら私の手の荷物をひょいと持ってくれる。
流石、現役のスポーツ選手。
私がヒイヒイ言いながら持って来た荷物を容易く持ってしまう。



「伊吹さん、だっけ?」
「いきなり核心つくよね〜」
「お袋から聞いてる、付き合ってるって」
「それもまぁ、色々紆余曲折がありまして」
「すげー幸せそうだって、お袋言ってたよ」
「うーん……それは恥ずかしいなぁ」



他愛もない会話をしているうちに気づけば家の前。
持ってもらった荷物を有り難く受け取れば、少し困ったように笑う幼馴染。
どうかしたのか、と首を傾げればデコピンをされるという。



「痛いんだけど」
「あんまり心配かけんなよ」
「貴也に心配されるなんて私も落ちたもんだわ」
「おい」
「あはは、冗談冗談。ありがとね」



貴也の手が伸びてくる。
私の頭に触れるか触れないかの既のところでその動きが止まる。
正確には、物凄い勢いで駆け寄ってきた誰かによって動きを制された。



「ごめんね、タカヤくん。それやっていいの、俺だけ」
「あ、い……?」
「伊吹さん、コイツ放っておかないでくださいよ。糸切れた凧みたいに飛んでいっちゃうんで」
「アドバイスどーも」
「じゃあな、桜月」
「あ……うん」



纏っている空気が明らかに怒っている藍を物ともせず、ひらひらと手を振って帰って行く幼馴染。
ちょっと待って、この空気どうする。

気まずい空気に気を取られて、手元に戻っていた荷物が珍しく汗だくで息を上げている彼の手の中に。



「あ、藍……?」
「タカヤくんと、飲むつもりだった?」
「、え?」



これは、勘違いしてる。
確かにこんなに大量に買っていたら一人で飲むつもりだった、なんて言っても信じてもらえなさそう。

というか、思いがけない藍の登場に頭がまだ追いついていない。



「藍、?」
「……帰ったら、桜月いないし、部屋はやけに片付いてるし、あんな手紙あるし」
「ごめん……」
「俺、間に合った?」
「え?」



玄関をくぐっていく背中を追いかければ、荷物を置いた藍が振り返る。
何て、悲しそうな顔。
心臓を握り潰されそうなくらい締め付けられる。
その顔を見ていられなくて思わず目の前の体躯にしがみつくようにして抱きついた。



「ごめん、貴也とはさっき会っただけ。飲む約束もしてない」
「……こんなに一人で飲むの?」
「それは、ちょっと自分でも反省してる」



元々彼に嘘を吐くつもりはないけれど、こういう時の藍には言葉と気持ちの限りを尽くして全て話さないといけない。
勘の良い彼は少しの嘘の匂いも察知して嗅ぎ取ってしまうから。

ぎゅうぎゅうに抱き締めれば纏っていた空気が少し和らいだ気がしてゆっくりと顔を上げると、先程よりは表情が戻ったような印象。



「心配かけて、ごめんね」
「んーん、俺こそ連絡しないでごめん」
「………そこはちょっと怒ってる」
「ん、ごめん」



ようやく彼の腕が背中に回って来て、開いていた心の距離もゼロになった気がする。
すりすり、と甘えるようにすり寄ってくる藍。
立ち話も疲れるからとりあえず中に入ろう、と家の中に押し入れた。


_
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ