MIU404長編

□エピローグ
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買って来た缶チューハイを冷やしておいた冷蔵庫に入れてから居間に戻れば、先程私が開いていたアルバムをめくっている藍の後ろ姿。
背中にのしかかりながら彼が開いているページを覗き込めば、成人式の日の写真。



「藍ちゃんがちゃんと制服着てる日だ」
「その言い方〜」
「そういえばこの日も貴也にヤキモチ妬いてたよね」
「なーんでそういうことばっか覚えてんのかな〜」
「いや、だって衝撃の夜だったから」



そう、この日から全てが始まった、と思っている。
仲の良い交番のお兄さんが紆余曲折あって恋人になるなんて、あの頃は思ってもみなかった。
藍曰く、彼の中では初めて会った10年前の春から始まっていたらしいけれど、その辺りは私は関知していない。



「ちなみに貴也、結婚してるよ。奥さん、妊娠6ヶ月だって」
「マジで?」
「マジで。大学から付き合ってた彼女と一昨年に結婚して……私、結婚式にも行ったよね?」
「……そうだったわ〜」



何なら結婚式に着ていくドレスは藍と買いに行ったくらいで。
ようやく思い出した藍ががくりと項垂れた。
ふふっ、と笑って背中に抱きつけば彼の胸の前に回った手に大きな手が重ねられた。



「桜月」
「んー?」
「こっちに帰って来たくなっちゃった?」
「え、?」



思わず体を離せば、ゆっくりと向きを変えてこちらを振り返る藍。
少し冗談混じりの口調ではあったけれど、表情はそうとは言っていない。
縋るような、不安を帯びた、そんな迷子になった子どもみたいな表情。



「それは………ない、かな。都内の生活は何だかんだ便利だし、向こうの方が友達多いし」
「そっ、か……」
「それにさ?」
「ん?」



繋がれた手に力を篭める。
俯き加減だった彼が顔を上げて、少し影のある瞳が私を捉えた。

今回の私の行動できっと不安にさせてしまったから、今日はきちんと言葉にして伝えようと思う。
今日の私はストッパーが外れている。
きっと普段口に出来ないような言葉も出てくるに違いない。



「前にも言ったでしょ?藍の所しか私が行く所ない、って」
「……ん、」
「確かにここはおじいちゃんもおばあちゃんも、お父さんお母さんもいる。
でも、藍がいないなら意味ないよ」
「ん……」



10年以上暮らした家を離れることに不安がなかったとは言わない。
それでも、それ以上に大切だと思えることがあるから。
彼のいない生活なんて、きっともう耐えられないから。

そんなことを考えていたら空いていた手で抱き寄せられて、そのまま口づけられる。



「桜月?」
「……なに?」
「3日分のちゅー、しよ?」
「えー……」
「嫌?」



至近距離で見つめられながら嫌なら、しないよ?といつか聞いた台詞が鼓膜を擽る。
嫌だなんて思ってもいないけれど、3日も放っておかれたのに彼の思惑通りに事を運ばれるのも何だか悔しい。
ほんの少しだけ、一矢報いたい。

藍の膝に乗せていた右手をそっと持ち上げて彼の唇を指先でなぞる。
形の良い喉仏がゆっくりと上下するのが分かった。



「……キス、だけ?」
「っ、」



我ながら大胆な発言だとは思う。
それでも、今の私は乾いている。
たくさんお酒を買い込んだけれど、それでは潤わない。

きっとこの乾きは、藍でなければ潤せない。



「今日、どうしちゃった?」
「ん……だって、寂しかったんだもん」
「そんなきゅるっとすること言われたら優しくできないよ?」
「えー、でも嫌だって言ったら止めてくれるでしょ?」



大事にするって言ったもんね、と笑えば少し困ったように笑い返される。



「じゃあ、大事にしまーす」
「ふふ、とりあえずお風呂ね」
「そこは変わんねーなぁ」
「当たり前でしょ」



室内だというのに指先を絡めて歩く。
これだけでも少し満たされた気分になるなんて、意外と私は単純らしい。
それはそれで悪くない、そう思えるのはきっと隣にいる彼のお陰。


*彼と私の10年の軌跡*
(せっかく広いお風呂だし、一緒入る?)
(結構ですー、お先にどうぞ)
(だから結構すんなって、洗いっこしよーぜ?)
(この家で一緒にお風呂入るとか絶対嫌)
(一緒にお風呂よりすごいことしてんのに?)
(っ、またそういうことを……!)


fin...


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