MIU404長編

□一話
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昼夜を問わず分駐所の電話が鳴ることは滅多にない。
個人宛ならば支給されている端末に直接電話をすればいいだけの話だし、4機捜の人間に用事がある場合は桔梗さんか陣馬さんに連絡をしてくることがほとんど。

だから、分駐所の電話にかかってくるのは良い知らせではないことがほとんどで。
咄嗟に反応できずにいれば電話の側にいた陣馬さんが受話器を手に取った。
所内、というか同じ室内にいる伊吹は電話を気にした様子もなく、私用のスマホを見ながらうんうん唸っている。
そういえば今朝から彼女へ送ったLIMEが既読にならないとぼやいていた。

在宅ワークがメインとはいえ彼女とて社会人。
常にスマホを、ましてや内容が薄いどころか返信の必要すらないと思える伊吹からのLIMEをいちいち確認して、既読にすることも返事をすることもできない時もあるだろう。
時計の針はもうすぐ頂点を指そうとしている。
報告書ももう終わるならばそろそろ切り上げてもいい時間。



「………は、?」
「……?」
「いや、何かの間違いじゃ……確かにうちの関係者ですが……」



電話の相手と話していた陣馬さんが一瞬伊吹に視線を送った後で、もう一度真剣な表情で電話口に向かって話をしている。
伊吹本人も少し驚いた表情で陣馬さんを見た後、ゆっくりとこちらに顔を向けて来た。
何か、あったのか?
それにしては様子がおかしい気がする。
流石の伊吹も電話の相手の声まで聴き取ることは難しいようで、スマホをポケットにしまい込んでゆっくりと陣馬さんの側へと近づいていく。
班長の様子を窺うべく、自分も同様にデスクから立ち上がる。



「……分かりました、すぐに向かわせます」



重々しい口調の後で受話器を置いた陣馬さんが長い溜め息を吐いた。
そして、メモ帳から一枚破り取ると班長の隣まで来ていた伊吹に差し出した。
伊吹に手渡されたメモを覗き込めば、伊吹の彼女……高宮さんのアパートから程近い総合病院の名前が書いてある。
メモに目を落とした伊吹がゆっくりと顔を上げる。



「陣馬さん、これ何?」
「今すぐここに行け」
「何かあったんですか」
「…………伊吹、落ち着いて聞け」



嫌な予感ほど当たるもので、次に陣馬さんの口から出て来た言葉は耳を疑うものだった。



「………桜月さんが、意識不明の重体だ」
「え、」
「今朝、事故に遭って手術中だそうだ。今の電話はこの病院からだ」
「何で伊吹に……」
「彼女が意識を失う直前に『芝浦署の4機捜』と言っていたようでな……伊吹、聞いてるか」



メモを片手に立ち尽くしている伊吹の姿。
おそらく陣馬さんの話は途中から耳に入っていない。きっと彼女が意識不明の重体、というところで情報が止まっている。
思わず伊吹の肩を強く揺すれば『あ……?』という声と共にようやく瞳に光が戻ってきた。



「陣馬さん、志摩、ごめん。俺行ってくる……」
「待て、俺も行く」
「え?」
「一人で行けるのか、そんな状態で」



明らかに動揺している伊吹を一人で放り出すのは危険すぎる。
下手すれば彼女の元へ辿り着く前に伊吹まで事故に遭ってしまいそうな、そんな危なっかしい状態に見える。
陣馬さんに目を向ければ、俺の考えに同意と言うように深く頷いている。
早く行け、という陣馬さんの言葉に弾かれたように分駐所を飛び出していく伊吹。
あとはお願いします、と伝えた後で慌てて既に見えなくなりつつある背中を追いかけた。















































走って病院に向かおうとする伊吹をタクシーに押し込んで、先程のメモに書いてある病院を運転手に伝える。
走った方が早いのに、と不満を漏らすが、最短ルートで通行人を弾き飛ばしていきそうになっていた。
これで怪我でもさせて余計な面倒事は増やしたくない。
無意識のうちに両手を組んでいる伊吹の瞳には何も映っていないように見える。
意識不明の重体とは、一体どういうことなのか。

タクシーが病院の正面玄関に寄せられると運転手がドアを開ける前に飛び出していった伊吹。
千円札を渡して釣りはいらないと伝えてから急いで伊吹の後を追いかければ、受付の女性に掴みかからんばかりに喰いかかっている相棒の姿を見つけた。



「だから桜月だって、桜月!」
「待て待て待て待て!」



やはりついてきて正解。
こんな状態では彼女の元に辿り着くことなんて不可能。
血走った目の伊吹を受付から引き離した後で伊吹と女性の間に割って入り、できるだけ冷静を装いながら胸ポケットから警察手帳を取り出してゆっくりと目の前の女性に提示する。



「先程、連絡を受けました芝浦署第4機捜の志摩一未と言います。
事故に遭ってこちらに運ばれたという高宮桜月さんの関係者です。彼女の容態を伺いたいのですが」



持ってて良かった、警察手帳。

どこかで聞いたことのあるCMの謳い文句をなぞらえた言葉が脳裏に浮かぶ。
ハッとした表情の女性が『お待ちください』と確認の電話を入れ始めた。
背後の伊吹はまだ落ち着かない様子。
何度でも思う、ついてきて正解。

『救命科で処置中です』
と電話を切った女性が院内の案内図を見せながら場所を説明してくれた。
全力疾走で向かおうとする伊吹を『病院内は走るな』と首根っこを捕まえて押さえておく。



「何で止めんだよ」
「処置中って言ってただろ、まだ彼女には会えない」



意識不明の重体、と連絡を受けた。
伊吹はその言葉の意味を理解しているのだろうか。
重傷ではなく、重体。
命の危険に晒されている、ということで……下手すれば命を落とすことさえもある。

救命科処置室の前で伊吹と二人、ソファに座って処置中という赤いランプが消えるのをただひたすらに待つ。
また光を失った伊吹の瞳はずっとそのランプから離れることはなかった。


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