MIU404長編

□二話
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桜月が事故に遭ってから二週間。
命に関わる重篤な時期は過ぎた、と言われて病室がICUから普通の病室に移った。
それでも桜月が目を覚ます様子は全然なくて。



「桜月……そろそろ起きろって〜……」



俺、もう限界。
そう言ったところで桜月が目を開けることはなくて。
病室にいる間、ずっとどうでもいい話をし続けているのにも疲れてきた。
包帯もチューブも点滴もだいぶ外れて、顔に貼ってあったガーゼもなくなって、挿管されてたチューブも外されて、ただ眠っているだけに見える。
目を覚ます確率は50%と言われたけど、桜月のことだから急に目を開けて『おはよ』なんて大したことないように笑ってくれる気がして。

今日は当番勤務。桜月の側を離れたくないけど、仕事には行くことにしてるから。
眠っている桜月に行ってきます、とキスをしてから病院から分駐所に向かう。









































「おはよーございまーす」
「おはよう、桜月さんは相変わらずか」
「そっすね〜、眠り姫のままっすわ」
「そうか……」



分駐所に行く度に陣馬さんが心配そうに聞いてくるのももう何回目だろう。
桜月は陣馬さんの子どもと同じくらいの年だから、事故に遭う前からずっと気にかけてくれてる。
桔梗隊長も、ハムちゃんも、ゆたかも、九ちゃんも、桜月の大学の友達も、職場の人も、たくさんお見舞いに来てくれて。
皆に心配かけて、目を覚ましたらいっぱいお礼しないと。



「行くぞ」
「おう」



変わらずに接してくれる、志摩。
たぶん言いたいことはいっぱいあると思うんだけど、何も言わないでいてくれる。
あの日、桜月が事故に遭った日、志摩がいてくれなかったら病院に行けなかったし、桜月にも会えなかった。



「志摩〜、しーまちゃん」
「何だ」
「サンキューな」
「……何だ、気持ち悪い」
「ん?志摩が相棒で良かった〜って話」



眉間に皺を寄せて、もう一度気持ち悪い、と言って運転席に乗り込む志摩。
あれから運転はさせてもらえない。
普段よりまともな判断ができない人間にハンドルは握らせられない、って志摩にも隊長にも言われた。
そんなことないのにね。














昼休み。
今日は分駐所から離れた区域の重点密行だから、ハンバーガーのテイクアウトで昼飯を済ませる。



「なぁ、志摩」
「何だ」
「俺さぁ、桜月が起きたら言いたいことあるんだ」
「………へぇ」



興味ないようでちゃんと話を聞いてくれてる辺り、志摩は優しい。
つーか事故の日からたぶんずっと優しい。
志摩なりに気を遣ってくれてるんだと思う。



「やっぱりさ、俺は桜月が一番好きだ、って」
「何だ、惚気か」
「へっへ〜。あとさ〜……早く良くなってご飯作ってとか、桜月の部屋散らかしてごめんとか、また洗濯機壊れたとか、桜月のハンドクリーム使い切ったとか」
「…………それ、生死の境を彷徨った人間に言うことか」
「あとは……やっぱ俺、桜月がいないと無理って」



この二週間で思った。
やっぱり桜月が隣にいないと寂しい。
笑顔が見たい。
散らかした部屋見て怒って
文句言いながらご飯作って
二人でまたコインランドリー行って
新しいハンドクリームの匂いを二人で嗅いで

そんな何てことない毎日が早く戻って来てほしい。

桜月がいない生活は、もう限界。
ここ一週間くらい、何食べても味がしないし、お笑い番組とか見ても心の底から笑えない。
世界が白黒になったみたいに、何も感じない。



「伊吹……」
「ごめん、ゴミ捨てて来る」



志摩には何でも言えちゃうから、抑えてきたものが全部出て来そうだった。
まだ、ダメだ。



























当番勤務明け。
報告書終わったから官舎でシャワー浴びて着替えてから病院戻ろうと思ってたら、病院から電話。
身寄りがない桜月の緊急連絡先は俺のスマホ。
何かあったら連絡ください、って加瀬先生に頼んでおいたけど、いざ電話がかかってくると怖い。



「伊吹、出ないのか?」
「あ……うん、出る」



ディスプレイ見たまま止まってたら、志摩が不思議そうに声をかけて来た。
当たり前か。

通話の表示をスワイプさせてから、ゆっくりスマホを耳に当てる。



「もしもし?」
『ペルソナ総合医療センターの加瀬です』
「あぁ……どーも、伊吹です」
『伊吹さん、高宮さんの意識が戻りました』
「、え……?」
『すぐ、来られますか』
「い、行く……すぐ行きます!!」



電話を切って、慌てて荷物を纏める。
志摩にどうしたのか聞かれて、桜月が起きた!ってだけ返して分駐所を急いで出る。
後ろから志摩が追いかけてくる感じがしたけど、今日は待てない。









































結局、病院まで全力疾走。
やっぱりタクシーより早いじゃん。
そんなことを思いながら、通い慣れた桜月の病室へ向かう。

良かった、これで全部元通り。



「桜月っ……!」
「………」



勢いよく病室のドアを開ければ加瀬先生と、ずっと目を閉じたままだった俺の眠り姫。
体を起こして加瀬先生と会話してる。

あぁ、もうこれだけで泣きそう。
大股でベッドサイドまで行って膝をつきながら、いつものように桜月の右手をぎゅうぎゅうに握り締める。



「桜月、良かった……」



背後から息を切らした志摩が病室に入って来るのが分かる。
志摩、ごめん。俺、明日からちゃんと仕事する。
もう大丈夫。






「……………誰、?」






ぽつりと吐き出された言葉。
その声の持ち主は、ずっと俺が待ち望んでいた桜月のもので。

思わず顔を上げれば、見慣れた顔の知らない表情がそこにあった。


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