MIU404長編

□七話
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引っ張り出されたたくさんのアルバムを手早く片付けた伊吹さんが家中の雨戸をもう一度閉め直した。
そして私を連れて外に出て玄関の鍵をかけると楽しそうに、嬉しそうに振り返った。



「あの……?」
「まぁアルバム見てるのもいいんだけどさ?」
「はい、」
「俺、家の中でのーんびりしてるのって向いてないからさ」
「……それはまぁ、何となく分かります」



彼との短い付き合いの中で何となくではあるけれど彼の人となりは掴めてきた。
家でゆっくりするよりも外でアクティブに行動しているタイプというのは頷ける。
それがどう繋がるのかは分からないけれど、何とも楽しそうな表情の伊吹さんにこちらまで楽しくなる。
きっと何か良いことを思いついたのだろう。



「ってことで出発〜!」



駅に向かって歩き出す。
その後を追いかければ、どこか懐かしい感覚が頭を過る。
この背中、何度も追いかけた、?



「桜月ちゃん?」



一瞬、頭に浮かんだ光景を摑まえる前に声をかけられて、顔を上げた時には脳裏に浮かんだあの後ろ姿は消えてしまっていた。
あれは、伊吹さん……?

思い出そうとすると頭が痛い。
その場に立ち止まった私に気づいて、先を歩いていた伊吹さんが足早に戻ってきて心配そうな表情で顔を覗き込んできた。



「桜月ちゃん?どうした?頭痛い?」
「っ、あ……大丈夫、です。ごめんなさい」
「家戻る?」
「何か、今………一瞬、」
「ん?」



間近にある伊吹さんの瞳が心配そうに揺れている。
ゆっくりと息を吐いて、もう一度深く吸い込んで、肩の力を抜く。



「ごめんなさい、もう大丈夫です。行きましょう」
「無理してない?」
「もう平気です」
「……ん、そっか」



何か物言いたげな彼の表情に笑顔を返す。
そう、これ以上心配をかける訳にはいかない。










































「ほい、到着〜」
「…………動物園、?」
「俺と桜月が初めてデートした多摩動物園でーす」
「デート……」
「うん、ごめん。半分嘘。
ここね、桜月ちゃんが大学合格した時にお祝いで来たんだ」



大学のキャンパスからも近いんだよ〜、なんて笑いながら話す伊吹さん。
なるほど、それで動物園。
前に行ったことがあると話していたのはここのことだったのか。
そんなことを考えているうちにチケット売り場へ行ってチケットを購入している伊吹さん。
本当にフットワークが軽い。
慌てて財布を取り出せば、制止するようにチケットを手渡された。



「ほい、チケット」
「伊吹さん、お金……」
「……多摩動物園って入園料ちょー安いから気にしなくていいよ」
「でも……」
「ほら、行くよ〜」



彼が一瞬、苦い表情を見せたのは気のせいだろうか。
けれどすぐに笑ってみせた彼にそれ以上何も言えなくて。
謝罪と、感謝を述べてチケットを受け取った。



「せっかく来たんだから楽しもーよ。
象に餌やりもできるんだよ」
「……餌やり」
「象の他にもウサギとか馬とか!」
「やってみたいです……」
「んじゃ出発〜!」



彼の言葉に現金な程、反応してしまう自分が悲しい。
だって象もウサギも馬も餌やりができるなんて、滅多にあることではない。
私……動物、好きだったのかな。
そんなことを考えながら前方を意気揚々と歩く伊吹さんの背中を追いかけた。




































「象、すごかったです!」
「桜月ちゃん、めちゃめちゃ興奮してたね」
「あんなに間近で見られたんですよ?!楽しいじゃないですか。
ウサギもふわふわで可愛かったし……」



スマホのカメラロールが動物と伊吹さんでいっぱいになっている。
ちょっと休憩ね、とベンチに座らされてミルクティーを渡される。
腰を落ち着けると思いの外、体は疲れていたようで少し足に怠さを感じた。
これもお見通しなんだろうか。



「伊吹さん、」
「ん?」
「教えてもらえますか?」
「何を、?」
「……私のこと、伊吹さんが知ってること全部」



彼が多くを語ろうとしない理由は何となく分かっていた。

入院中に、ハムちゃんがお見舞いに来たあの日。
急に頭痛に襲われて意識を失ってしまった私を見て、きっと情報が過多に与えられると脳がパンクしてしまうと思ったのだろう。
それでも、今の私は彼から自分のことを知るしかできなくて。
病院で催眠療法まで行ったけれど、それでも何一つ思い出せなかった。
初めはそれでもいいか、と思ったこともあったけれど、

彼の目に映る、私ではない誰かを見つめる瞳が悲しげで。
もしかしたら彼自身は気づいていないのかもしれない。
それでも彼がそんな表情を浮かべる度に、取り戻せるならば取り戻したい、とそう思うようになったのは、



「そうだなぁ……」



何から話そうか。
そう呟いて、頭を掻きながら視線を遠くに飛ばす彼。
急に俯き加減だった頭を上げると、



「俺の知ってる桜月はツンデレ、いやツンツンデレだった!」
「ツンツンデレ」



予想外の言葉に馬鹿みたいにオウム返しをしてしまう。
ほんの数秒前までの彼のトーンとは打って変わって、やけにテンションが高いのは何故なのか。
というか、ツンツンデレって……。



「小さい頃にお父さんお母さん亡くしてるからかもしれないけど、甘え下手っていうの?
素直じゃないとこが多かったんだけど、急に?突然?こう……甘えてくるのがちょーきゅるきゅるだった!」
「……なるほど?」
「頭撫でられんの好きでめちゃめちゃ幸せそうな顔してんのに、そのこと言うと『そんなことない』って手払いのけたり」



彼の言う『きゅるきゅる』が何なのか分からないけれど、それって結構面倒くさい性格してたのではないだろうか。
そんなことを考えていた私を他所に、伊吹さんの熱弁は止まるところを知らない。
何だろう、優しい彼の意外というか新たな一面を見た気がする。
これは彼が『私』を想う気持ちの強さの現れなのだろう。

楽しそうに、それでいてどこか幸せそうに笑う彼の笑顔が眩しくて。



「桜月ちゃん……?」
「え、?」
「どした?どっか痛い?」



不意に心配そうに顔を覗き込まれて、そこで初めて涙が零れていることに気がついた。

チリチリと胸の奥が痛い。
あの時、ハムちゃんがお見舞いに来た時に感じた頭痛とは違う痛み。

今になって分かった。
これは嫉妬だ。

彼がハムちゃんと楽しそうに話していた時、『私』の話をする時、胸の奥が痛かった。
気づきたくなかった。

私は伊吹さんが、好きなんだ。


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