MIU404長編

□十一話
1ページ/1ページ


記憶が戻ってから十日。
藍と私が事故に遭ってから、十日。

私は検査含めて三日間の入院で済んだけれど、未だに意識を取り戻す気配のない彼はまだ病院で眠り続けている。
怪我の容態は落ち着いてICUは出たけれど、目を覚ます気配は全くない。
私もそうだった、と聞いて彼の心労をそっくりそのまま返されているような気分になる。



「……仕返しの、つもりか」
「高宮さん」
「、志摩さん……」



声をかけられて顔を上げれば、病室の入口で少し困ったように笑いながらこちらの様子を窺っている志摩さんの姿。
空に消えるはずだった私の恨み節が聞こえていたのだろう。
どこか気まずそうにしながらベッドの側までやって来た。
あ、と思って立ち上がれば私の動きを制して志摩さん自らパイプ椅子を広げて私の隣に腰を下ろした。



「すみません……」
「いえ、伊吹は……相変わらずですか」
「……変わらず、です」



事故に遭ってからというもの、一日と間を空けずにお見舞いに来てくれる志摩さん。
陣馬さんも九重さんも、ハムちゃんも桔梗さんも皆来てくれて。
皆に心配をかけて、藍が目を覚ましたらたくさんお礼をしないと。



「高宮さん」
「はい、?」
「ちゃんと、食べてますか?」
「……最近何を食べても、味がしなくて」



自分でも表情筋がぎこちなく動いて、無理やりに笑顔を作っているのが分かる。
それはきっと隣に座る彼にも伝わっているのだろう。
心配そうな表情に申し訳なさが募る。

味覚障害か、もしかしたら事故の後遺症か、とも思ったけれど、そうでもないらしい。
味覚だけでなく世界に彩りがなくなってしまったように感じるのは、きっと彼がいないせい。
彼のいない世界はセピア色にくすんで見える。



「……伊吹も同じようなことを言ってました」
「、え?」
「『桜月がいないと楽しくない』って」
「……藍らしい、ですね…………」
「高宮さんが目を覚ましたら言いたいことがあるって、言ってました」



それはきっと前回の事故の後、私が意識を失っていた時の話なんだろう。
志摩さんとどんな話をしたのだろう、と首を傾げて目線を目を閉じたままの藍から、隣に座る志摩さんへと移す。
私の動きに倣うように視線をこちらへ向けた志摩さんが先程と同じように少し困ったような表情で笑ってみせた。



「目が覚めたら、本人から直接聞いてください」
「そう、ですね」
「しかし伊吹もバカですね。せっかく高宮さんの記憶が戻ったのに」
「…………本当に、バカですよ。
私庇って、こんな、状態になるなんて……」



本当にそう思う。
あの時、吹っ飛んできた車体は横回転しながらもまっすぐに私に向かっていた。
強い力で腕を引かれて、大好きな温もりに包まれた次の瞬間、大きな衝撃に襲われた。

藍が守ってくれなければ今度こそ両親と祖父母の元に旅立っていたことだろう。



「自分が怪我するより、自分の目の前で高宮さんが大怪我する方が伊吹は耐えられないと思いますよ」
「……そうですかね」
「えぇ、間違いなく」



私の方が付き合いは長いのに志摩さんの言葉は藍の言葉のように聞こえて。
彼がこの状態になってから、何度流したか分からない涙が零れ落ちた。

あぁ、もう。
せめて人前では泣かないようにと思っていたのに。
すっかり緩んでしまった涙腺はまるで決壊したダムのように涙が溢れ出してくる。
荒く目元を擦ってから顔を上げれば、敢えて顔を逸らしてこちらを見ないようにしてくれている志摩さんの姿。
本当に、気遣いの出来る人だ。



「……そろそろ、失礼します」
「何か、すみません。いつもありがとうございます」
「いえ、どうせ家にいても暇してるだけなんで。
じゃあ……またな、伊吹」



眠ったままの藍に声をかけてから病室を出ていく志摩さん。
けれど、一歩廊下に踏み出したところで踵を返して再びベッドサイドへと戻って来た。
何か忘れ物だろうか、なんて辺りを見渡すけれど志摩さんの物らしき荷物は見当たらない。
首を傾げて志摩さんの動きを見ていれば、藍の耳元へと顔を近づけている。



「志摩さん……?」
「おい、伊吹。お前、さっさと起きないと…………高宮さんのこと、俺がもらうからな」
「はっ……!?」



思いがけない言葉に思わず変な声が出てしまい、慌てて口元を押さえれば上体を戻した志摩さんと視線が絡む。
いや、まさかそんな。



「……冗談ですよ?」
「分か、ってます……聞こえたら、起きるんじゃないか、って希望的観測の言葉、ですよね……」
「まぁ効果はなかったみたいですけど」



それにしても心臓に悪い。
『じゃあ今度こそ、失礼します』と会釈をしてから病室を後にする志摩さん。
その後ろ姿が見えなくなったところで変な緊張感から解放されて深く溜め息が零れた。



「ホント、早く起きてよ……」



握り返されることない左手にそっと触れれば、いつも通りの体温がそこにはあった。


next...


次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ