MIU404長編

□最終話
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志摩さんとのやり取りがあってから三日。
志摩さんの脅しとも取れる冗談は残念ながら効果はなく、未だに意識不明のままもうすぐ事故から二週間が経とうとしていた。
少しずつ減っていく点滴と包帯とは裏腹に意識が戻る気配はまったくない。

今日は本格的に動かなくなってしまった洗濯機を買い換えて搬入作業のため、午後は在宅しなければいけない。
私が事故に遭って意識不明の間に一度不調を起こしていたのは知っていたけれど、まさかこのタイミングで壊れてしまうとは。
引っ越しの時にまだ使えるから、と奥多摩から運んできたのだけれども、その時点で年数が経過していたことを考えるともう限界の域に達していたのだろう。



「また後で、か……また明日、ね」



眠っているようにしか見えない彼にそっと声をかけて病室を後にする。
今日はまた志摩さんが顔を見せてくれると連絡が入っていたけれど、残念ながらすれ違いとなってしまった。
……あまり頻繁に会っていて、藍が目を覚ましてからその事実を知った時に不貞腐れそうだな、なんて少し笑った。










































洗濯機の設置が終わって時刻を確認すると17時を回っていた。
中途半端と言えば中途半端。
病院に戻ってもいいし、家事をしてもいい。
最近は病院と職場、そしてアパートの往復ばかり。
中でも病院にいる時間が一番長くて、家事は二の次三の次になっていた。
そろそろ一度本気で片付けないと彼の意識が戻って帰宅ができるようになった時に困るのは私自身。
せめて仕事の本や書類、それと洗濯だけして置きっぱなしになっていた洗濯物の山くらいは片付けないと……祖父母が今のこの部屋の状況を見たらきっと嘆くだろうな、なんて思いながら重い腰を上げて部屋の片付けを始めることにした。



































「あ、れ……」



片付けを始めて一時間ほど経っただろうか。
部屋のどこかでスマホが鳴っている。

畳んだ洗濯物の下敷きになってしまっているのか、着信音とバイブレーションの振動がくぐもって聞こえる。
音源を探せば、やはり畳んで重ねたシャツの一番下に置いてあった。
畳み終わったシャツを崩さないようにスマホを救出。
表示を見れば『ペルソナ総合医療センター』

藍には身寄りがない訳ではないけれど、緊急の連絡先として私のスマホの番号を記入しておいた。
私が入院していた時は藍が緊急連絡先だったことを考えれば病院……というより加瀬先生としてはそれが当たり前、と言わんばかりの反応だった。

何か、あったのだろうか。
電話に出るのが、怖い。
そんな思いを抱えながらゆっくりと応答をタップする。



「も、もしもし?」
『ペルソナ総合医療センターの加瀬です。
高宮さんでいらっしゃいますか?』
「はい、高宮です……あの、藍……いえ、伊吹に何かありましたか」
『伊吹さんの意識が戻りました』
「え、?」



一瞬、耳を疑った。
待ち望んでいた言葉のはずなのに、上手く脳まで届かない。

意識が、戻った……?



『高宮さん?』
「え、あ……意識が、戻ったんですか?」
『えぇ、先程。来られますか?』
「い、行きます……!」
『分かりました、では容態については後ほどお話させていただきます』



失礼します、と通話を終了させた後、急に心臓が早鐘を打ち始める。
藍の意識が、戻った……。
病院に行かなければ、

彼に、会いたい







































「っ、はぁ……はぁっ……」



病院までは徒歩十五分。
信号待ちがあったとしても私の足でも走って七〜八分といったところだろうか。
彼ならばおそらくもっと早く到着していたはず。
そんな、どうでもいいことを考えながら歩き慣れた病院の廊下を半ば駆け足で通り抜けて、何度となく訪れた病室へと向かう。

あと数メートルで病室、というところで病室の前に人影があることに気づいた。
あれは、



「志摩、さん?」
「どうも」
「え、あれ?」
「すいません。アイツ、何か俺がいる時に目を覚まして」
「あ、そう……だったんです、ね」



それなら彼の相棒がいるのも頷ける。

病院からの電話を受けている時は何となく夢見心地で、本当に彼が目を覚ましたのかと半信半疑だったけれど、志摩さんがこう言っているなら間違いはないのだろう。
……加瀬先生が信用できない、という訳ではなくて、私がいる間は目覚める気配が皆無だった彼が急に目覚めたと聞いて、正直信じられない気持ちが強かった。

これまでの人生の中できっと一番必死に走って、乱れまくった呼吸と鼓動を深呼吸で落ち着ける。
私の呼吸が落ち着いたのを見計らったように志摩さんが半身をずらして病室の入口へと促してくれた。

先程までとは違った意味で心臓の拍動がどくどくと大きくなっている。
ゆっくりと病室の中を覗けば、さっき電話口で会話した加瀬先生、
そして、加瀬先生の視線の先、緩やかに起こされたリクライニングベッドの上の、



「…………あ、い……」



声になっていたのだろうか。
何度となく呼びかけたその名前は、喉の奥で震えて小さく口から漏れて出た。

それでも静かな病室内で感覚の鋭い彼の鼓膜を震わせるには十分だったようで、今日の午前中まで閉じられたままだったその切れ長の瞳がゆっくりとこちらへ向けられた。



「あ、藍……」



反応が、ない。
静寂が耳を刺す。
一歩、また一歩と病室の奥へと進み、藍がいるリクライニングベッドの傍らに膝をつく。
下から顔を覗き込めば、静かに視線が絡む。



「…………誰?」



ガツン、と後頭部を鈍器で殴られたような衝撃。
まさか……そんな、


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