コウノドリ

□癒やしをください
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「…癒やしが欲しい」
「え?」
「癒やしが欲しいよぉおおおおお!」



ペルソナ総合医療センターの屋上に悲痛な叫びが木霊する。



「煩い」
「はーるーきー、何かないの、癒やし」
「絡むな」
「まぁまぁ…桜月はどうしたの?」



だってさぁ、と言いながらベンチに腰掛けて昼食の焼きそばパンを口に運ぶ桜月。
彼女の口に食べ物が入れば少しおとなしくなるのは知っている。
桜月の両隣に座った鴻鳥と四宮もそれぞれの昼食に手をつけ始める。
束の間の休息。
穏やかな時間が流れる、はずだった。



「毎日、病院とマンションの往復よ?
外来して回診して、緊急搬送されてくる妊婦さんの対応、当直にオンコール!
部屋に帰ったところで趣味を楽しむ余裕もなく寝て、溜まった家事して、また仕事!
女盛りなのに何なの、この枯れた生活は!」
「お前に女盛りの時期があったのか」
「別にこの道を選んだことに後悔はないけど潤いがなさすぎる!癒やしの1つや2つ欲しくもなるでしょう!」
「癒やしかぁ…」
「って言うか春樹!失礼だわ!」



こうなった彼女を止める術はない。
食事の手を止めることはなく、適当に茶化し、適当に相槌を打つ男二人。

確かに最近は女医希望の妊婦も増えている。
外来を後輩の下屋と分けてはいるが、流石に後輩に負担がかかりすぎるのも考えもの。
そうなると桜月の仕事が増えるのも自然なことで。
忙しさを理由に患者の意志を無視することはないが、それにしてももう少し手加減してほしいものだ。
ベンチの背もたれに完全に体を預けて深い溜め息を吐く桜月の姿を若干の同情の目で見遣る鴻鳥と四宮。
癒やしが欲しいという桜月の気持ちも分からないでもない、と内心思う。



「最近はBABYのライブも行けてないしさー?」
「最近のBABYはライブ途中で立つことが多いみたいだよ」
「あーそうなんだー相変わらずなんですねー」
「……白々しい」



四宮の的確なツッコミを聞き流しながら、食べ終えたパンの袋をゴミ箱へ投げ捨てて、また元の位置へ座り直す桜月。
時計を見ればあと15分ほどで午後の外来と回診が始まる。
先に戻る、と屋上を後にする四宮の背中を見送りながら、私もそろそろ行かないとな…と思いながらも腰が上がらない。



「ねぇ、桜月」
「んー…?」
「今日、何か予定ある?」
「癒やしが欲しい、潤いがないって言ってる人間にわざわざ聞くこと?サクラまで嫌味?」



そういうのは春樹だけで十分ですー、と投げやりになっている桜月。
そうじゃないんだけど、と苦笑しながら隣に座る小さな頭に手を乗せる。
元々小さいのに更に小さくなっているように感じる。
冗談混じりに言っているようにも聞こえるが、疲れで心が荒んできているのも事実のようだ。



「今日、部屋に来る?」
「……?」
「今日、二人共オンコール外れてるし、当直は四宮だから呼び出される可能性は低い。
……BABYのライブでもいいんだけど、一緒にどこかでご飯食べて…部屋のピアノで悪いけど桜月のリクエストに応えるよ」
「行くっ!」



目の輝きが少し戻ってきた。
この頑張り屋の同期がまた明日から笑顔でいられるように。
願わくば自分がその力になれれば、とサクラは心の片隅で思う。
そんなサクラの心の内を知るはずもなく、何を弾いてもらおうかなーと声を弾ませながら医局へ戻ろうとする桜月の後ろ姿をサクラは切ない表情で見つめ、後を追いかけた。



*癒やしをください*
(ねー、桜月先生、飲みに行かない?)
(小松さん、ごめんなさい。私、サクラとデートなんです)
(えー?!いつの間にそんな関係に?!)
(いつの間にって…サクラとデートなんて何回もしてますよ)
(鴻鳥先生!どういうこと?!)
(………桜月、お願いだから誤解招く言い方止めて)
(私はいつもデートだと思ってたけど?)
(っ、!)



fin...?


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