コウノドリ

□どうぞよろしく
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10年以上の付き合いになる気が置けない同期と二人で食事。
アルコールも入り、微酔い加減で部屋へと帰ってきた。
食事よりもピアノを弾く、という約束がメインだったので当然のことながら同期を引き連れて。



「コーヒー淹れるよ」
「ありがとー」



桜月はキッチンに向かうサクラを横目で見つつ、勝手知ったる程ではないが何度も訪れたことのある部屋の本棚に並べられた本を眺める。
自分と同様に部屋にいるより病院にいることの方が多いはずの彼だが、何冊か見たことのない本が前回来た時よりも増えていた。



「どうしたの?」
「うん…」



本棚の前に立ったまま、本を開いている桜月。
本の世界に没頭すると生返事になるのは変わってないな、と内心笑いながら、そっと桜月の手から本を取り上げる。
あっ、と声を上げて軽く睨みつけるが、そういえば今日は本を借りに来たのではなかった、と思い出す。



「帰りに貸してあげるから。ほら、コーヒー」
「…んー」



渋々という単語がピッタリと言った様子でソファに座ってコーヒーを啜る。
サクラは苦笑しながらピアノが置いてある部屋の扉を開けた。

正直なところ、気が気ではない。
二人で食事に行って自宅マンションでピアノを弾く、そんなことは以前からよくあった。
自分にとってはただの同期ではなかったが、彼女からすれば自分はただの同期、四宮と同じだと思われている。
そう思っていた、つい数時間前までは。

『私はいつもデートだと思ってたけど?』

思ってもみなかった彼女の発言に、胸が震えた。
……期待してもいいのだろうか、と考えなかった訳ではない。
しかし、それからの彼女はいつも通りで、むしろそんな発言などなかったかのように食事をし、今こうして部屋にいる。
いや、自分が部屋でピアノを弾くと言ったのだから、部屋にいるのは当たり前なのだが、意識しているのは自分だけなのか…積み重なっていく胸の翳りを打ち消すように鍵盤に指を乗せた。



「サクラー」
「…ん?」
「最初は『Minor Heart』が聞きたーい」
「……桜月、手加減って言葉知ってる?」
「えー、天才ピアニストなのにー。じゃあ『Brightness』でもいいー」
「全く……」



これは酔ってるな、と聞こえないように溜め息を吐く。
語尾が伸びているのは彼女が酔っている時の特徴。
最初から超絶技巧を弾かせようとする辺り、なかなか手厳しい。
それはそれで桜月らしい、と思わず笑みが零れる。
今日は彼女の為の演奏だ。
彼女がそう望むならば例え超絶技巧を連続でリクエストされたとしても弾いてみせよう。

ふっと息を吐いて鍵盤を叩く。
ライブよりも緊張しているのは気のせいだろうか。























桜月が好きだと言っていた曲を中心に30分ほど弾いた。
やけに静かだな、と振り向けばソファの上で膝を抱えている桜月の姿が目に入る。
眠ってしまったのだろうか、とそっと彼女に近づけば微かに寝息が聞こえる。

食事の際に最近、上手く眠れないと言っていた。
元々不規則な生活を送りがちだが、最近は特に忙しかった。
オンコールでなくても呼び出しがかかることはサクラ自身も多く、BABYのライブも中断が多かった。
それは桜月も漏れなく同様で。
女医という理由で呼ばれることもあって、下手すればサクラや四宮よりも呼び出しは多かったのではないだろうか。
昼夜問わない呼び出しが続けば、それだけ精神的に削られる。
いつ鳴るか分からない電話を気にしての休息は心身共に休まることはない。
きっと彼女の疲労はピークに達していたのだろう。



「……お疲れ様」
「んー…」
「おっと…」



薄手のブランケットを持って来て肩にかけてやれば軽く身動いでサクラの肩に凭れかかる桜月。
眉間に皺を寄せたまま眠る桜月の薄化粧の下に隈が隠れていることに気づいて、寝かせてやりたいと思う反面、腕に当たる柔らかな温もりと甘い匂いに、奥底に押し込んでいた自身の雄の部分が顔を出し始めている。
ふーっ、と肺が空になるまで長く息を吐き出してから隣で眠る同期の肩を軽く揺すって覚醒を促す。



「桜月、…桜月?」
「んぅ……」
「ほら、眠いなら送るから。メイクしたままでしょ」
「んー…やだ、眠い…」



気持ちの良い微睡みの中で声をかけられて不快そうに首を横に振って、ブランケットを抱え込む。
そして暖を求めるように更にサクラにすり寄ってくる。
気持ちは分かる。だが、




「…桜月?忘れてそうだけどね、僕も男なんだよ?
……好きな人にそんな風にされて、いつまでも我慢できないよ」
「…………別にいいよ、って言ったら?」
「え、っ…」



肩に乗せた手を回して、起こさないように抱き寄せる。
桜月に向けたような独り言は空に消えるはずだった。
思いがけない返答に驚いて、顔を上げれば今起きました、というように薄っすら目を開けている桜月と目が合った。
驚いて声が出せずにいるサクラとブランケットを引き上げて、再び目を伏せた桜月。
サクラから離れる気配は見られない。



「私はデートだと思ってる、って言ったんだけど…」
「それは…確かに聞いたけど、」



サクラの胸に手を置いて、そっと離れる。
何となくお互いの顔が見られない。



「私、春樹と二人で飲みに行くことはあっても、部屋に遊びに行くことは……ない、よ?」
「桜月…」
「ねぇ、サクラ…さっきの言葉、私の聞き間違いじゃないよね、?」



少し不安そうに、
それは長い付き合いの中で初めて見る表情だった。
喉がひりついて、上手く言葉が出てこない。



「ち、がう…」
「……?」
「聞き間違いなんかじゃ、ないよ」
「良かった…」
「ねぇ、桜月?その…さ、」
「っふ、ふふふっ…」
「何で笑うのさ」



改まった表情をするサクラを見て、思わず吹き出してしまう桜月。
次に口にする言葉は何となく検討がついているが、長年同期として付き合ってきた分、気恥ずかしさが上回る。
そんな心中を慮ったのか、釣られたようにサクラもふっと笑みを浮かべた。



「こんな、お肌の曲がり角どころか女の花盛りも過ぎてますけど……どうぞよろしくお願いします?」
「ふふっ、こちらこそ。もういい年のオジサンですけど、よろしくお願いします」
「ちょっと、サクラがオジサンって言ったら私はオバサンになるから止めてよ!」
「まぁまぁ、同じ年なんだから仕方ないじゃない」
「もう…」



少しの間の後、同時に笑いがこみ上げる。

ようやく重なった想い。
これからは二人で時間を重ねていこう。



*どうぞよろしく*
(小松さん達には言えないなー)
(うーん、確かに…あ、四宮には言わないとね)
(そうね…私、色々話聞いてもらったし)
(え、僕もだ…)
(……しばらくジャムパンと牛乳、ご馳走しようか…)


fin...


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