コウノドリ

□お付き合い始めました
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※出てくる看護師は原作には出てこないオリジナルです。




今日、彼女の体調はすこぶる悪かった。
夜中のオンコールで呼ばれて、そのまま朝までコース。
当直の下屋が申し訳なさそうに差し入れてくれた焼きそばパンを齧りながら、そういえば新月か、と彼女と彼女の同期達の昔をよく知る先輩助産師が暁の空を見上げて呟いたのを背中で聞いた。

束の間の休憩の後は朝までお産の対応をして外来診療。
今日も予約枠びっしり、満員御礼です。
というか予約枠をはみ出して予約入ってますが、どういうことでしょうか。
院長、人を増やすか給料上げてくれ。
挙げ句の果てに生理まで来てしまい、そんなこんなで昼には流石にぐったりしてしまった。



「春樹…ごめん、ちょっと寝てくる……時間になったら起こして……」
「お前、何を……いや、分かった。行ってこい」



元より『NO』を聞くつもりはなく、白衣を脱いでざっくり畳んでからデスクに置く。
何か言いたげだった同期が自分の顔を見て、珍しく驚いた表情を浮かべてから快く送り出してくれた。
そんなに酷い顔をしているのだろうか。
春樹のあんな顔、久しぶりに見たなぁ…と思いながら重い足取りで宿直室へ向かう。
そういえばもう一人の同期はどこへ行ったのだろう。
分娩からそのまま外来に入ったので、姿をまだ見ていない。
今日は出勤しているはずだが………まぁいい。
今は何より体が休息を求めている。
ただ宿直室で寝るよりも内科で点滴打ってもらった方がいいか?と考えて方向転換。
起こしてくれるよう頼んでいた同僚にその旨を連絡しながら、中庭を突っ切って内科へショートカットすることにした。



「…鴻鳥先生、」



ふと同僚の名前を呼ぶ声が聞こえて足を止める。
覗き見する訳ではないが、同じ産科メンバーの声ではなかった気がする。
辺りを見渡せば、今呼ばれた鳥の巣頭が目に入る。
そして一緒にいるのは………新生児科の新人看護師、だった気がする。



「この間はありがとうございました…」
「あぁ、いいんだよ。気にしないで?」
「鴻鳥先生…あの私、先生のことが…」



また、だ。
天然人タラシの彼は誰にでも優しさを振りまいて、親身になって話を聞いて、無自覚に人をたらし込む。
全て無自覚なのがタチが悪い。
そういう彼の優しさに触れて好意を寄せる女性を彼の隣で何人も見てきた。
彼が誰かから思いを告げられる場面を見ることもこれが初めてではない。

それなのに、今回は何だか息苦しい。
目の前がぐるぐるする。



「っ……」



疲れているせいだ。
早く点滴打って、少し眠ろう。
目が覚めれば、この息苦しさもきっとなくなる。
サクラと看護師の並んだ姿を頭から振り払うように全速力で内科へ駆け込んだ。
































「ん………」
「目が覚めた?」
「サクラ…?」



ここはどこだ、とベッドの上で頭を動かして思い出す。
寝不足でフラフラだったから内科で点滴してもらって、そのまま眠っていたようだ。
腕時計を見れば、回診の時間はとっくに終わっていた。



「はっ?!回診!?」
「時間で起こそうかと思ったんだけどね、四宮が『桜月が死にそうな顔して出ていった』って言ってたし、見に来たら寝てるというか意識飛ばしてたから二人で回診終わらせたよ」



元々午後の外来担当じゃなかったからちょうど良かったよ、と言いながら飛び起きたままの自分にペットボトルの水を差し出してくる。
そういえば喉がカラカラだ、と有り難く水を受け取り蓋に手をかける。
が、寝起きで力が入らず、なかなか開けられない。
見かねたサクラはペットボトルを手元に戻すと軽く蓋を回してから再度桜月に差し出した。
ありがとう、とペットボトルをもらい喉を潤す。



「やらかした……」
「仕方ないよ。昨日のオンコール大変だったんでしょ」
「いや、まぁそれはそうなんだけど…だからって回診放棄して寝こけるって……ごめん」
「だから大丈夫だって、今橋先生も昨日のことは知ってるし、回診も問題なかったから本当に気にしないで?」
「………ごめん」



胸の辺りがじくじくと痛む。
回診する入院患者の中には、当然のことながら自分の担当する患者もいる。
責任をもって仕事をしているつもりなのに、これでは彼女達に申し訳が立たない。
後で様子を見に行きながら謝らなければ。



「それより体調は?顔色良くないよ」
「単なる寝不足、あと生理始まった」



誤魔化したところで無駄なので正直に今の調子を話す。
お互いに産科医なのだ、それに生理云々で恥ずかしがる年でもない。
サクラが手を取って脈を測る。
その瞬間に昼に見た光景が鮮明に思い出された。
あぁ、不調の原因はもう1つあったか、と溜め息が漏れる。



「ちょっと脈が取りにくいかな…手も冷えてるし、今日はもう帰って休みな?」
「大丈夫、点滴打ってもらったし患者さん達のところも行きたいし書類片付けないといけないし」
「……桜月」
「本当に大丈夫だから。ごめん、点滴外してくれる?」
「桜月」
「……何」
「大丈夫大丈夫、そう言ってる時が一番大丈夫じゃない」



どれだけ一緒にいると思ってるの、と咎めるような声が頭の上から降ってくる。
サクラの顔を見たら余計なことまで言ってしまいそうで顔を上げられずにいれば、ふぅ…と小さな溜め息が聞こえた。
困らせている自覚は、ある。
それでも黙っていれば腕から点滴が外された。
若干、手荒だったのは気のせいではないはず。



「とりあえず医局に戻って。
内科の先生には僕が声かけておくから」
「……ん」



医局へ戻る為、のろのろと中庭を歩く。
もうすぐ夕食の時間ということもあり人影はない。
きっと医局に戻れば、言動は冷たいが何だかんだで優しい同期が心配そうに見てきて、助産師や看護師のみんなは口々に声をかけてくれるだろう。
でも今、その優しさに触れたら雫が落ちてしまいそうで、戻るのを躊躇ってしまう。
仕事中に泣くなんて、もうそんな年でもないのに。

戻りたいが戻れない、その葛藤の狭間で動けなくなってしまい、傍らのベンチに腰を下ろす。
下腹部も痛みが出てきて、自分自身を抱き締めるように蹲る。
変なところで意地を張るから、心身共にボロボロになるくせに。
後輩の産科医や先輩助産師の10分の1でもいいから素直に気持ちを口に出せばいいのに。



「っ、桜月?!」
「サク、ラ…」
「どこが辛い?まだフラフラする?それともお腹?」



切羽詰まったような声で名前を呼ばれて、顔を上げたと同時に目から一滴、雫が零れ落ちた。
自身の目の前に膝をつき、脈を取ったり額に手を当てたりするサクラ。
ギリギリまで堪えて決壊したものはもう簡単には止められない。
違う、体じゃない。
言葉にならなくて、ただ首を横に振る。



「とにかく、戻ろう?ここじゃ体冷えちゃうよ」



こんな状態で医局に戻れば、確実にサクラが袋叩きに遭うだろう。
それはそれで困る。ただでさえ困らせているのに。
白衣を置いてきてしまったことを後悔。
スクラブだけでは体が冷える。
そんなことを考えていたら、ふわりと彼の匂いに包まれた。
顔を上げれば肩にかけられた大きい白衣。



「一日着てたやつだから汗臭いかもしれないけど、ないよりはマシだから着てて」
「………」
「桜月の頑張ろうとする気持ち分かるよ、でも僕らはチームなんだから」



梃子でも動きそうにないと判断したサクラは諦めて桜月の隣に腰を下ろした。


少しは頼ってよ、とぽんぽんと背中を優しく叩かれる。
強張っていた体と心がゆっくりと解れていく。
はぁ、と吐き出した溜め息と共に自分の中から黒い感情が出ていくのを感じた。

恋愛なんてもう久しくしていなかったが、若い頃のように激しく感情が揺さぶられることなんてないと思っていた。
長年一緒にいた相手なのだから人となりは十分に分かっているし、つい先日お互いの気持ちを確認したばかりで、半端な気持ちで付き合い始めた訳ではない。
それでもモヤモヤしているのは、単に気持ちの整理がつかないからか。



「さっき…」
「うん?」
「新生児科の……何て言ったっけ、新人ナースの」
「 …宮原さん?」
「その宮原さんといるところを見た、というか話が聞こえた」
「あぁー…」



合点がいった様子で脱力するサクラ。
桜月は何となく居心地が悪くて、白衣の前を掻き合わせる。
くしゃ、と自分の頭を掻き回して再び桜月の前に膝をついたサクラとようやく目を合わせることができた。



「ヤキモチ、妬いてくれた?」
「…もう、そんな年でもないのにね」
「やっぱりさ、付き合い始めましたって皆に言おうか。そうすればこういうことも無くなるでしょ」
「……今更過ぎて何か、恥ずかしいんだけど…」
「僕としては桜月に臍曲げられて話を聞いてもらえない方が困るんだけど」
「それに関しては…ごめん」



いつもと違う、自分よりも低い位置にあるサクラの額に自身の額を軽くぶつける。
そっと繋がれた手と合わせた額から互いの体温を感じる。
この特別な距離にいられなくなるくらいなら、確かに以前と少し変わったこの関係を打ち明けるべきなのかもしれない。

一瞬の間の後、サクラが更に顔を近づけて触れるだけの口付けをされた。



「そろそろ戻ろう?本当に風邪ひいちゃうよ」
「ん……」



「えっ、…えーーーーーー!!!!」



「「……あ。」」



大きな声が聞こえて、そちらを見れば新生児科の白川が目を見開き口を開けてこちらを見ていた。
目が合えば、バタバタと全速力で産科へ向かって走っていった。



「バレた、というかあれは皆に言いに行ったね」
「うーん…まぁいいんじゃないかな?白川先生にバレたなら新生児科にも知れ渡るだろうし、宮原さんも諦めてくれるよ」
「…どういうこと?」
「いや…さっき付き合ってる人がいるって言ったら『産科と新生児科は距離が近いから諦めませんから 』って言われちゃって」
「それ、どういう理屈よ」
「でも同じ産科医でずっと一緒だった桜月が相手なら彼女も諦めてくれるよ、きっと」
「……別に、手放すつもりもないけど」
「アハハっ、それは僕も一緒!」



自分は思っていたよりも独占欲があったらしい。
産科へ戻る途中、そっと繋がれた手に力を籠めれば優しく握り返される。

願わくばこの優しい温もりがこれからずっと隣にいてくれるように
医局に戻ればからかいと冷やかしが待ち受けているがそれはそれで良しとしよう。



*お付き合い始めました*
(ほら!手繋いでる!!)
(やっとくっついたんですねー、先生達)
(やっと、って真弓ちゃん…)
(いや、皆バレバレでしたよ?お互いが好きなの)
((えっ……))
(知らなかったのはお前達だけだ)
(春樹まで…!)


fin...


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