コウノドリ

□癒やしを貴方に
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朝型か夜型かと問われれば、間違いなく夜型と答える。
朝早く起きるのは苦手だけれども夜遅くまで起きているのはあまり苦ではない。
夜、録り溜めしておいたドラマをBGMにしながら作業すると結構捗る。
今日もそんな感じでのんびり仕事を片付けているうちに気づけば日付が変わっていた。



「やば…流石にそろそろ寝ないと……」



明日も仕事だ。早番ではないにしても、これ以上は明日に響く。
書類や画用紙、文房具が雑然と広がったテーブルの上を片付けて、歯を磨く。
SNSを流し見していたら、メールが届いた。



《もしかしてまだ起きてる?》



今、部屋にいるのかは不明な隣人からのメール。
口を濯いでから返信をする。
何処から見ているのだろう。



《仕事しててこの時間になってた。
そろそろ寝るところ。
サクラこそ今帰り?》



仕事で忙しい彼のことだ。
こんな時間に帰宅するのは珍しいことではない。
むしろ帰宅しただけマシな部類だと感じる。
何となく電話がかかってきそうな予感がして、ベッドには入らずにいれば予想通りの着信。



「お疲れ様」
『ごめん、もう寝るよね』
「んー、大丈夫。どうかした?」
『……少しだけ、5分でいいから上がってもいい?』
「うん?…別にいいけど…?」



珍しい。
あとは寝るだけ、という状態になっている時にサクラが部屋に来たいと言い出すのはあまりない。
それ以前に深夜と言われる時間帯に連絡をしてくること自体、滅多にないことである。

お互い、それなりに経験を積んだ社会人。
すれ違いの多い中で会いたいと思うことはあっても翌日に響くような時間に会うことはしない。
暗黙の了解として控えていた、のに。
首を傾げていると通話状態のまま、玄関の鍵が合鍵によって開けられた。



「あ、ちょっと待って。チェーンかけてる」
『ごめん…』



慌ててチェーンを外しに行けばスマホを耳に当てたままのサクラか立っていた。
終話ボタンをタップして中に入ってくる。
同時に消毒液の匂いと温もりに包まれた。



「おかえり…?」
「…ただいま」



何かあったの、という問いかけを飲み込んで、広い背中にそっと腕を回す。

何もない訳がない。

彼はよく言う、出産は奇跡だ、と。
赤ちゃんがお腹に宿ることも
母子共に元気に産声を上げることも
全てが奇跡なのだ。

裏を返せば、順調な妊娠生活、順調なお産というものがどれほど難しいことなのか。
妊娠も出産も経験はない、それでも自分の体の中で生命を育むことの難しさはこれまでにも目の当たりにしてきた。



「ごめん…明日も仕事なのに」
「いや…うん、大丈夫」



きっちり5分で離れて、申し訳なさそうに、力なく笑うサクラ。
胸が痛い。
何の力にもなれないのは分かっているけれど、そんな顔をしている彼をこのまま一人にはしておけない。
部屋を出ていこうとするサクラの上着の裾を捕まえれば、少し驚いた表情で振り返った。



「どうしたの?」
「サクラ」
「こんな時間にごめん、帰るね」
「明日、休み?それとも出勤遅い?」
「えっ?」
「この時間に帰って来るってことは休みか遅い出勤でしょ?」
「明日は、まぁ休みだけど…」
「じゃあ泊まっていって。
私、明日は日勤だから朝はいつもの時間に出るけど、そのまま部屋にいていいから」



一日中、側にいることはできないけれど、せめて朝までは。
無理に聞き出そうとは思わない。
彼が話を聞いてほしいと言うのならいくらでも聞くが、話したくないならそれでいい。
ただ、その心の傷を癒やすことができれば。
もっとも、自分にできるのは側にいることくらいだけれども。



「でも…いいの?」
「仕事は休めない、日中はいないけど、それでもいいなら」
「……ありがとう」



お言葉に甘えるよ、と先程より少し明るくなった表情に安堵を覚える。

憂いを取り除くことはできないかもしれないけれど、少しでもその心が軽くなるように。
出産という奇跡の為に、全力を尽くしている彼の、肩の荷が少しでも軽くなるように。
その奇跡の連続の先に、自分が関わる子ども達がいるのだから。



「朝、アラーム鳴るけど寝てていいから」
「うん、ごめんね」
「………ねぇ、サクラ?」
「ん…?」



彼用の部屋着に着替えさせて二人でベッドに入る。
先程から気になっていた。
今日のサクラは謝罪ばかり口にしている。



「別に謝ってほしい訳じゃないよ。私がこうしたいだけ」
「…うん」
「サクラだって私の元気がない時は優しくしてくれるでしょ、それと同じだよ」
「……ありがとう」



ふと気づけばいつものようにサクラが腕枕をする形になっていて、ちょっと待って、と彼の動きを制する。
動きを止めたサクラを尻目に少しずり上がって、そっとサクラの頭を引き寄せる。



「…桜月?」
「うん?」
「これは、一体…」
「うん、添い寝。子ども達もこうすると寝つきいいのよね」
「………うん」



流石にここまで密着はしないけどね、と前置きした後でトントンと一定のリズムで背中を撫でるように軽く叩けば、張り詰めていた緊張の糸が解れていくのが分かる。
人の体温って落ち着くね、と微睡みの中で呟くように言ったサクラの腕が背中に回された。




*癒やしを貴方に*
(ただいま!)
(おかえり)
(ちゃんと寝れた?ご飯は食べた?少しはゆっくりできた?)
(……)
(どうかした…?大丈夫?)
(いや…桜月はいいお母さんになりそうだね)
(何言ってんの…)
(照れてる?)
(馬鹿サクラ)


fin...


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