コウノドリ

□水も滴る
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土曜日は午後の外来もなく、手術も予定されていない。
穏やかな昼休み。
医局に一人残っていたサクラはカップ焼きそばを食べながら新しく出た論文に目を通していた。
そこへ内線電話が鳴り、穏やかだった表情に緊張が走る。



「はい、産科」
「あ、サクラ?」
「…桜月?」
「ちょうど良かった、お願いがあるんだけど…」



白衣とスクラブの上下、小児科に届けてくれない?
彼女の突拍子もない言動にはもう慣れたが、これは一体…。
近くにいた看護師に声をかけてから、いつでもすぐ着替えられるように、と置いてある彼女のデスクの一番下の引き出しに入れてある白衣とスクラブを手に取って、小児科へ走る。















「あ、サクラーこっちー」
「桜月!……何してるの…」
「ごめんごめん」



急いで小児科へ向かえば、小児科の前の開けた中庭スペースのベンチでタオルを頭から被って座っている桜月が目に入る。
よく見れば髪からスクラブから全身びしょ濡れだ。



「いやー、小児科に顔出したらちょうど水遊びしててね」
「一緒にやったの?」
「そのつもりはなかったんたけどさ、楽しそうだねーなんて声かけたら思いっきり水かけられて、そこから一緒になって遊んでたらこんな状態よ」



楽しそうだったから良かったけどさ、と髪の水分を拭き取りながら目を細める桜月。
小児病棟に入院しているのは長期入院の子が多い。
中にはペルソナで産まれて、自分達が取り上げた子もいる。
彼女が時間を見つけては顔を出しているのは知っていた。



「やっぱりさ、何か楽しみがないとキツいよね…子ども達も親達も」
「そうだね……まぁ今日はちょっとやり過ぎかなって思うけど」
「ハハッ、だからごめんってー」



屈託なく笑う彼女の笑顔は子どものようで、眩しく見えた。
しかしながら目のやり場に困る。
水が滴っている白衣は脱ぎ捨てられ、濡れたスクラブが肌に貼り付いていて。
多少乾いたとは言え、まだ水分を帯びていて身体のラインがくっきりと見える。
濡れた髪の毛が頬について、日中であるにも関わらずベッドの上での彼女を彷彿させる。
そんな不健全な自分の考えを振り払うようにそっと彼女から目を逸した。



「このまま移動すると院内濡らして誰か転んでも困るなーと思って、医局にいるのがサクラ以外の男の人だったら諦めて小児科のスクラブ借りようかと思ったんだけどね」
「うん?」
「いや、流石にゴローくんにこれは見せられないでしょ……春樹だったら怒られそうだし」



お腹に貼り付いたスクラブを剥がして水気を絞りながら困ったように眉を下げる彼女。
一応考えてはいるようだが、もう少し自覚をもって欲しい。
頬についた髪を払ってやりながら、そっと手の甲で頬を撫ぜる。
それ以上に触れたくなる欲望をぐっと抑えて不思議そうに首を傾げる彼女の肩にしっかりとタオルをかけ直して立ち上がる。



「全く…更衣室借りて早く着替えておいで」
「はーい」
「あと…」
「ん?」



小児科のナースステーションへ向かう彼女の背中に声を飛ばす。
濡れて少し小さくなった彼女へ近づいて、耳元で囁くように言葉を紡ぐ。



「僕でもこの姿はダメだからね、夜に責任とってね」
「っ……馬鹿サクラ!」
「アハハっ」



振り上げられた手を躱しながら産科へ戻る。
今夜が楽しみだ。



*水も滴るいい女*
(さぁ、定時だよ。帰ろうか)
(いや…私まだ仕事が……)
(大丈夫、明日僕がやっておくから)
(でも、いや…その……)
(…桜月?)
(帰ラセテイタダキマス…)


fin...


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