コウノドリ

□美味しい時間
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「え、いつもカップ焼きそばなんですか?」
「あー…まぁ大体。あ、でもたまに普通のカップラーメン食べることもありますよ。余裕があれば食堂に行きますし」
「えー…」
「いや、同期の四宮は大体いつもジャムパンと牛乳だし、後輩の下屋ってのはいつでも焼肉弁当ですよ!」
「……医者の不養生って、まさにこのことを言うんですね…」
「いやぁ…アハハっ」



付き合い始めてしばらく経ってからのこと。
まだお互いに敬語の癖が抜けない頃にした会話の1つ。
好きな食べ物の話になり、特に食べ物に執着心のない僕は事実をありのままに話せば少し驚かれた。
ついでに食生活にも触れれば信じられない、と彼女の顔に書いてあった。
昔からそうだから改善するには今更手遅れな気もするし、元々ゆっくり食事をできる時間もあまりない。



「あの、」
「うん?」
「おにぎりで良ければ、作りましょうか?」
「え、」



おずおずと、こちらの出方を窺うような表情だが、自分を心配してくれているのは見て分かった。
彼女の気持ちは有り難いし、嬉しい。



「それは…凄く有り難いし、嬉しいんだけど…大変じゃない?」
「私、いつもお弁当持って行ってるんです!」
「あれ、給食ないの?」
「あることにはあるんですけど、職員分はちょっと量が多くて食べきれなくて…いつもお弁当持って行ってるので、そのついでなので…あ、でもご迷惑なら、止めておきます……」
「それは本当に、有り難い!いや、でも僕、当直あったり明け方にオンコールで呼び出されたりしてちゃんと受け取れるか分からないから、それはそれでもったいないかな…」



うーん、と口元を押さえながらあれこれ考えてくれるのも嬉しいが、下手すれば家に帰れない日もあり不規則を絵に描いたような生活を送る自分と、早番遅番に残業があるとは言え基本的に毎日帰宅する彼女とでは生活リズムが違い過ぎる。
その時期に波があるにしても彼女も忙しい人だ。
心遣いは有り難いが彼女にばかり負担を強いるのは筋違いになる。



「あ、じゃあ朝、保冷バッグに入れてサクラさんの部屋のドアにかけておきます。
普通勤の時でも7時には作り終わってるので、もし食べられたら食べてください。
保冷バッグは帰ってきたら回収するので、そのまま下げててもらっていいですし、保冷バッグがなかったら別な物を出すので帰ってきた時に私の部屋の方にかけててもらっていいですか?」
「ちょ、え、でももし僕がいなかったら置きっぱなしになるし」
「その時は私が帰ってきた時に回収するだけなので大丈夫です」
「そこまでしてもらうのは申し訳ないな…」



何度でも言う。
彼女の申し出は本当に有り難い。
けれど食材ももったいないし、食べられなかった時に彼女に申し訳がない。
別にカップ焼きそばだろうがカップラーメンだろうが自分の食事に無頓着なのは今に始まったことではない。
それがこれまでも、これからも続くものだと思っていた。



「……サクラ、さん」
「…はい」
「これは私の自己満なんです。ただ私が食べてほしくて、無理を言ってるだけなんです。
だからサクラさんは『ありがとう』って言って食べられる時におにぎりを食べてくれればいいんです」



勿論、サクラさんの体が心配なのもありますけどね、と目尻を下げて困ったように笑う彼女がどうしようもなく愛しくて。
隣に座っていた彼女をぎゅっと抱き寄せれば、一瞬驚いた後で背中に腕が回された。



「じゃあ、お言葉に甘えよう、かな」
「ふふ、はい。明日から早速作りますね」
「でもお願いだから体調悪い時とか仕事が忙しい時期に無理して作らないでくださいね」



そこだけは譲れない。
彼女に無理を強いるのは本望でない。



「分かりました。サクラさんこそ、無理に取りに戻らないでくださいね」
「それは……まぁそうなんですけど、」
「……?」
「無理はしないけど頑張って取りに来るようにはします」
「え、」
「せっかくなので、いただきたいです」
「……本当に大した物はできませんよ、期待されると頑張ってお弁当にしたくなるのであまり期待しないでください」
「んー、それはそれで嬉しいけど」



どっちなんですか、と楽しそうに笑う彼女が可愛くて愛しくて、そっとその唇に口付けを落とした。



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