コウノドリ
□美味しい時間
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結局、昨夜彼女は僕の部屋に泊まることに。
オンコールもなく珍しく朝までぐっすりと眠っていた。
アラームが鳴って目を開ければ、隣にいるはずの彼女がいない。
あぁ、そういえば今日は早く出ると言っていた。起こしてくれれば良かったのに。
寝室を出て、目に入ったのはテーブルの上の置き手紙。
《おはようございます。
今日は早番なので先に出ますね。
朝ごはんとお昼のおにぎり、冷蔵庫に入れてあるので良かったら食べてください。
鍵はポストに入れておきます。》
彼女の整った字を見るとホッとする。
手紙の通り、冷蔵庫にはワンプレートにされた朝食と赤い保冷バッグ。
何から何まで申し訳ないな、と何度も思った感情が再び湧き上がる。
あまりゆっくり食べている時間はないけれど、せっかくなので朝食を摂ってから仕事に行こう。
昼に休憩を取る暇もなく、気づけば時計の針は16時を過ぎていた。
下屋の「お腹すいたー!」という叫びに昼食を摂っていないことに気づく。
今なら食べられそうかな、とカップ焼きそばに手を伸ばしたところで思い出した。
今日は朝に彼女が作ってくれたおにぎりがある。
デスクの下に置いていたバッグを取り出してファスナーを開ける。
大きめの保冷剤も入れられていて、まだ冷たさが保たれていた。
中に入っていたのはコンビニの物よりも小ぶりなおにぎりが4個。
それと可愛らしいメッセージカード。
仕事柄、何かと使うことが多いと彼女の部屋に色々な種類があったのを思い出した。
おにぎりの包みを開けながらカードに目を通す。
《お仕事お疲れ様です!
どれくらい食べられるか、どのくらいの大きさがいいか、好きな具とか聞くの忘れてしまったので今度教えてもらえると嬉しいです。
今日は大きい物より小さい方が急いでいても口に入れやすいかと思って、小さめにしてみました。
私個人的には海苔は食べる直前に巻いてパリパリのものが好きなんですがサクラさんはどうですか?
この後もお仕事頑張ってくださいね》
本当に彼女には頭が上がらない。
そして僕は一般的にいう、すでに胃袋を掴まれている状態なのだろう。
申し訳ないと思う気持ちと自分だけに向けられた愛情を嬉しく思う気持ちが入り混じっている。
「あー!鴻鳥先生、おにぎりいいなー!私にもください!」
「これはダメ!」
「……愛妻弁当か」
「えっ、鴻鳥先生、そうなんですか?!」
「違う、愛妻じゃない!妻じゃない!」
「似たようなモンだろ」
「ねぇ、四宮…一体どこで見てるの」
「何で病院に入り浸ってる鴻鳥先生に彼女ができて私にはできないのー!」
下屋に奪われそうになるのを躱しながら屋上へ避難。
ようやく落ち着いて食べられる。
1つ目を口に運べば、いい塩加減で口の中でご飯がほろりと解れた。
「あ、鮭だ」
そういえば彼女は鮭のおにぎりが好きだと言っていたな、なんて思い返しながらもう一度メッセージカードを読み返す。
何度も言うが食へのこだわりは一切ない。
そう言ったら彼女はどんな反応をするだろうか。
メールを送ろうかと思い、スマホを手にするが少し考えてポケットに戻した。
食べ終わってから彼女に倣って手紙を書こう。可愛いカードなんてないからメモ帳になるけれど。
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