コウノドリ

□働き過ぎ注意
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ーピンポーン…ピンポーン……



「………うーん」



結局、先程通話が終了してから10分ほどしてから彼女の部屋の前に着いた。
深夜と呼ばれる時間帯にインターホンを鳴らすのも気が引けたが、先程まで通話していた相手があのまますぐにベッドに入るとも思えずもう一度インターホンを押す。

失敗した、とは思う。
彼女の性格を考えれば、あんな言い方をしたら意固地になって入浴を決行するだろう。
せめて早めに上がるようにだけ伝えて、何も言わず様子を見に来れば良かった。
極力使わずにいた彼女の部屋の合鍵を取り出して、鍵穴に差し込み鍵を回す。



「……桜月?」



ドアを開けて中の様子を窺えば、予想通りというか何というか。
脱衣所から灯りが漏れている。
これは間違いなく入浴中だ。
うっすらとBABYの曲が流れ聞こえて来るのは、少し前に買ったと言っていたAIスピーカーか。
自慢げに話していたが、四宮からは《宝の持ち腐れだな》なんて言われていたのを思い出す。
そもそも家にいる時間が短いのだから、確かに使う頻度は低いかもしれない。

いや、今そんなことはどうでもいい。
とりあえず浴室にいるであろう彼女に声をかけてみないと。
物音が聞こえないのが気がかりだ。



「桜月、お邪魔してるよ?」



脱衣所の外から声をかけてみる。
反応がない。聞こえていない可能性もある。
脱衣所の扉を開けて、中に入る。
引き戸を開ける際にカラカラと音が鳴るが、こちらにも反応がない。



「…桜月?起きてる?大丈夫?」



今度は浴室の扉の前に立ち、先程より少し大きめの声で名前を呼ぶ。
反応がない。
これは本当に予想通りなのだろうか。
意を決して浴室の扉を開ける。





































「お疲れ、サクラ」
「……起きてるなら返事してよね…」
「その方が面白いかなって」
「結構心配したからね?」
「ごめんごめん、サクラに『絶対に寝るからダメ』って言われて意地でも寝るもんかと頑張ってた」
「頑張りどころが違うよ」
「とりあえず、サクラも入る?」
「えっ?」
「サクラが入るなら私は上がるけど」
「…………」
「あからさまにガッカリしないの」



扉を開けると浴室内から漂ってきたのは彼女のお気に入りの入浴剤の香り。
そして、そこにいたのは乳白色の湯に浸かって意外にも元気そうな桜月の姿。
病院にいた時よりも幾分表情が和らいでいるのは気のせいではないだろう。
そのことに安堵を覚え、気づかぬ内に入っていた肩の力が抜けた。



「ねぇ、サクラが来たならもう少し入っててもいいでしょ?」
「……僕が入るなら上がるって言ったじゃない」
「まぁそれはそうなんですけど。
もし寝ちゃったり溺れたりしてもサクラが助けてくれるんでしょ?」
「当たり前でしょ!…というか寝ないように頑張ってよ」
「うーん、どうかなー」



こうやって軽口を叩き合うのは久しぶりな気がする。
ここ最近の彼女は患者さんに向き合う時以外は常に張り詰めていて、同期の僕や四宮でさえ声をかけるのを躊躇ってしまうことがあった。
やはり人には適度な休息が必要だと改めて感じる。

とりあえずお風呂で沈没しているという事態は免れた訳で。
自分が訪れた目的は一応達成したのだが、本人はまだ上がる気配は見られない。
せめて湯船を出てたところまでは確認しないと安心して帰宅はできない。



「ねぇ、サクラ」
「うん?」
「今日泊まるでしょ?」
「え、」
「今から帰って寝るより家で寝た方が睡眠時間確保できるでしょ。
今日、オンコールなんだし尚更にね」
「……じゃあ、とりあえずお風呂出ようか。桜月がお風呂に入ったままだと僕、安心して寝られないから」
「仕方ないなぁ」



もう少し湯船に浸かっていたかったようだが、渋々上がる用意を始める彼女。
開けっ放しだった扉を閉めて、リビングへ向かい、ジャケットを脱いで、彼女の部屋に置いてある部屋着を用意する。
僕もこの後でお風呂をいただこう。
そのくらいの時間は許されるはずだ。

その後は彼女を腕の中に閉じ込めて眠ろう。
願わくば明日の朝まで。
できればオンコールが鳴りませんように。

同僚ではなく恋人として過ごす時間を僕らにください。


*働き過ぎ注意*
(あれ、起きてた)
(サクラが上がるまで待ってた)
(寝てても良かったのに)
(……恋人らしいこと、しないの?)
(、それはどう解釈すればいい?)
(聞かないでよ、馬鹿)
(オンコール鳴らないといいなぁ)


fin...


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