コウノドリ

□一歩前進
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カツカツ…と夜の病棟にヒールの音が響く。
面会時間はとうに過ぎているというのに一体誰だろう、と音の聞こえる方向に顔を向けると見慣れた顔の見慣れない姿。



「高宮?」
「お疲れ様です」
「どうしたの、そんな格好して」



赤のイブニングドレスに黒のボレロ、髪はアップに纏められた姿は普段の白衣にスクラブとはかけ離れていて、思わず二度見してしまう。
格好からしておそらくは結婚式だろう。
それにしてもやけに不機嫌そうなのは何故だろうか。



「結婚式ですよ、イトコの」
「あぁ…下屋とそんな話をしてたね」
「えぇ、結婚したのが私より年下の従妹なもんで親戚のおっさん達から『桜月はまだなのか?医者なんかやってると男も寄って来ないだろ』だとか『産婦人科なんて患者も女だから出会いなんてないだろ?俺の同期のヤツ紹介してやろうか?』だの有り難くもない説教されまして」
「あぁ……」



自分には知り得ない親戚付き合いという世界。
知らないながらも彼女の口ぶりからは心底嫌悪感しかない、と言ったところか。
そういえば仲のいい従妹だから結婚はめでたいし、結婚式も楽しみだけど親戚に会うのだけが嫌だとボヤいていた気がする。
引出物らしき紙袋を開けながら、今日何度目かの溜め息を吐いている。



「あ、鴻鳥先生、これあげます」
「うん?」
「金平糖みたいです」
「え、あぁ…いいの?」
「家にあっても私、食べませんし。
こっちのクッキー詰め合わせはここに置いて皆に食べてもらおうかな」



甘い物が苦手という彼女。
ジャムパンと牛乳が主食という同期のことを初めて見た時は信じられないという顔で見ていたのを思い出す。
四宮に対してあんな反応をするのは新人ではなかなかいない。
下屋も四宮の主食よりも高宮の反応に驚いていたくらいだ。

下屋と高宮は対照的だ。
患者さんに感情移入しがちで、自分の感情も表に出やすい下屋と、患者さんに寄り添いはするが感情移入まではせず、良く言えばポーカーフェイスが上手く、悪く言えば淡々としている高宮。
そんな二人の仲がいいのは対照的だからか。
それこそ自分と自分の同期のような関係なのか。



「本当、好き勝手言ってくれますよ。
私は今、自分が一人前の産科医になることしか考えてないのに。
そもそもおっさんの同期っていくつだよ、って感じですよね」
「……高宮、飲んでる?」
「いえ?帰りにここに寄るつもりだったので一滴もアルコール入れてませんよ?」



彼女がこんなに饒舌なのは初めて見る気がする。
普段はどちらかと言えば物静かで、下屋と小松さんの会話の合間に茶々を入れるかひたすらに無言か。
珍しい彼女の言動に思わず首を傾げる。



「一応仕事がオフですからね、普段とは違うと思いますよ。
まぁ頭に来てるから聞いて欲しいのもありますけど」



そう言いながらモニターチェックを始める高宮。
その横顔はいつもの凛としたものと同じで。
ただ普段とは違う、医局という場所とはそぐわない服装がひどくアンバランスで。



「鴻鳥先生?」
「うん?」
「見過ぎです、顔に何かついてますか?」
「あ…うん、ごめんごめん。セクハラになっちゃうかな」
「……別に、そうは思いませんけど…」
「ねぇ、高宮」
「はい?」



モニターチェックの後はデスクに向かってパソコンを立ち上げている。
当直でもオンコールでもない完全なオフの日なのに仕事をしようというのだから半ばワーカホリック状態な気もする。
自分も人のことは言えた立場ではないが。



「今度、一緒に出かけない?」
「…………………はい?」
「完全なオフの日の高宮をもっと見てみたい」
「…それは、先輩命令、ですか?」



こちらの顔色を窺うようにじっと見つめてくる。
先輩命令、そんなつもりは、ない。



「先輩命令じゃないよ。嫌なら断ってもらっていい。
まぁ……二人共完全な非番なんてほぼ無理だから高宮が休みで僕がオンコールの日でもいいんだけど…」
「………じゃあ行きます」
「うん、そうだよね…ごめんね……え、いいの?」



断られると思っていたのに。
僕と彼女の接点なんてただの先輩後輩だと思っていたから、むしろ彼女の答えが想定外過ぎて。
驚いて見つめ返せば、そっと外される視線。
頬がうっすら朱に染まっているのが見て取れる。
これは、どういう……いや、今は深く考えるのは止めよう。
とにかく話を進めなければ、彼女の気が変わってしまう前に。



「えーっと、高宮が休みで僕がオンコールだから……来週の水曜日か再来週の木曜日とか…」
「来週の水曜日でお願いします」
「え、予定確認しなくて大丈夫?」



手帳等を確認することもなく即決する高宮に少し不安になる。
大丈夫なんだろうか、彼女にも予定があるはずだから。
急ぐ約束でもない、別に来月でも再来月でも、いつでもいい。



「大丈夫です、予定なんてありませんから。
休みの日は大概溜まった家事やるか医学書と論文読むかくらいしかしてないので」
「産科医の見本みたいな生活だね……じゃあ来週の水曜日で」
「はい、よろしくお願いします。
あ、加江……というか他の方には言わない方向で」
「それは…もちろん。小松さん辺りに知られたら騒ぎになりそうだし」
「ふふっ、確かに」



その姿を思い浮かべたのか楽しそうに笑う彼女。
患者さんに向けられたものでも彼女の同期と笑い合っている時のものでもない、自分に向けられた笑顔がやけに眩しく見えて。
そういえば彼女が気になるきっかけになったのも、彼女が初めてここに来た時に見せた笑顔だったな、と思い出した。



*一歩前進*
(ここに寄る予定だったって、誰か気になる患者さんいた?)
(まぁ…それもあるんですけど)
(うん?)
(………今日は鴻鳥先生が当直だったと思い出しまして、先生の顔が見たくて…)
(え、)
(帰ります!お疲れ様でした!)


fin...


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