コウノドリ

□おやすみ、いい夢を。
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「……あー…残念」



今日も無理そう、とメールをした後で当直の小松さん(と四宮)に叩き出されるように医局を追い出されて。
(後から聞けば随分とひどい顔をしていたらしい)
これならもしかしたら久しぶりに起きている彼女に会えるかも、と駆け足でマンションに向かった。

淡い期待を胸にして彼女の部屋のドアを開ければ、室内は真っ暗。
時間を見れば22時過ぎ。
彼女もまた忙しい時期に突入していたようなので、もしかしたら疲れて眠っているのかもしれない。

最近……ここ一ヶ月くらい、ずっとこんな状態だ。
運良く帰宅できても彼女は夢の中で、眠る彼女にキスだけ落として自分の部屋に帰ったことは両手でも足りないほどの回数だ。
それはそれで寂しいものがあるが、今日も寝顔にキスだけして帰ろう。



「…え、いない?」



寝室を覗けばそこはもぬけの殻で。
まさかまだ職場にいるのか?と思いリビングの照明を点ければ仕事用のバッグとそれに付随しているであろう画用紙の入った袋が定位置に置かれていた。
これらがあるということは帰宅済みということ。
そもそも先程メールをした時には今日は帰宅して、もう出かける気力もないと書いてあった。

そうなると、行き先は限られてくる。

もしかして、と電気を消して自分の部屋へと急ぐ。
鍵を開けてみればリビングからの灯りで玄関が薄っすら明るい。



「桜月?」



声をかけるが反応がない。
自分以外でこの部屋に入るのは彼女しかいない。
靴を脱ぎ捨てて室内に入れば洗濯機が回っている音が聞こえる。
また何か家事を済ませてくれたらしい。
リビングに入るが姿がない。
シンクに捨て置いていったカップ焼きそばの残骸が片付けられて水滴一つ残らず拭き取られている。
申し訳ないと思う反面、いつも本当に有り難い。
彼女がいなければ自分の生活はもっと水準が低かったはずだ。

さて、リビングにいないとすると残りはあと二部屋。
ピアノの練習をしているならば音が聞こえてくるはずで、それがないとすると残り一択。
物音一つしないところを見ると、おそらく眠ってしまったか起きていてわざと出て来ないか。



「…桜月?」



最近の彼女の様子を踏まえて考えれば、ほぼ間違いなく前者。
寝室のドアの隙間から中をそっと覗けば予想通りの姿。
タオルケットを抱え込み、丸くなって眠っている。
あぁ、洗濯にかけられていたのはシーツか。
さほど使っていなかったけれど交換してくれたようだ。
疲れているのはまず間違いないがこのまま寝かせてしまっていいのだろうか。
よく見れば部屋着に着替えられている。
化粧も落としている、もう寝るだけの状態には見えるが…



「桜月…?桜月?」
「んぅ……サクラ…?」



気持ち良さそうに寝ているところを起こすのも忍びないが、このまま寝て明日の朝に後悔しないのか。
メイクしたまま眠ってしまった、とか、コンタクトを外し忘れた、とか朝に大騒ぎしていることがたまにある。
それなら多少無理にでも起こして確認した方が彼女の為か、と肩を揺すれば迷惑そうに眉を寄せて薄っすらと目を開ける桜月。
名前を呼ばれたと思ったら、次の瞬間温もりに包まれた。



「おかえり……」
「え、あ…ただいま?
桜月、寝て大丈夫?化粧は?コンタクトは?」
「サクラー………」
「おっと、桜月?」
「会いたかった…」



飾り気のないシンプルな言葉が全てを物語っている。
そしてその言葉にひどく胸を打たれてる自分がいることに気づいた。
忙しいからと言って相手のことがどうでもいい訳ではない。
忙しいからこそ心の拠り所が必要なのだ。



「うん、僕も」
「サクラー…」
「うん?」
「一緒に寝よ…」
「うん、そうだね」



替えたばかりのシーツに帰宅した時のまま寝転がるのは申し訳ないが、今彼女から離れるのは心苦しい。
桜月が痛みを覚えないよう、そっと体をずらしてベッドに横になる。
起こさないように抱き寄せれば夢うつつの状態ですり寄ってくる彼女が愛おしくて。

甘い匂いを抱き締めれば久しぶりに深い眠りが訪れそうな気がした。



*おやすみ、いい夢を*
(…サクラ?何でいるの?)
(おはよう、昨日帰ってきたんだけど覚えてない?)
(……サクラが帰ってきた夢を見た気がしたんだけど…え、夢じゃなかった?)
(少なくとも、今は現実かな)
(おかえり!)
(うん、ただいま)


fin...


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