コウノドリ

□器用な彼女
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「……桜月、何してるの?」



見慣れない光景に思わず声をかけてしまう。



「おかえり、サクラ。
昼間、子どもにエプロンのボタン引っ張られちゃってね。付け直してたの。
ご飯は?食べた?」
「あー…昼に焼きそば食べた」
「夕飯はまだなのね……これ、もう少しで終わるから待ってて」
「……見てもいい?」



見ても楽しいことないよ?と笑う桜月。
ソファに座って作業をする彼女の隣に腰を下ろして、その手元を見つめる。
彼女が縫い物しているところを初めて見たけれど、綺麗に縫い付けてられている。



「桜月、器用だね」
「自慢じゃないけど、私ピアノ以外はそれなりに何でもできるよ」
「凄いなぁ、僕は自分でボタン付けるなんてできないや」
「……うん?」



何か変なことを言っただろうか。
手を止めて、怪訝そうな表情で僕を見つめる桜月。



「…サクラって、よくボタンがついたシャツ着るよね」
「うん、そうだね」
「そういうのってボタン取れたらどうしてたの?」
「うーん、着ないかお店で付けてもらう」
「はい?」
「取れたボタン無くしちゃうこともあるからさ。
ほら、おまけでボタンが付いてくるシャツもあるから、そういうのがある時はお店で付けてもらってた」
「…………うん。サクラ?」
「ん?」



勿体無いとは思うけれど、自分にそのスキルがないからどうしようもない。
そもそも裁縫道具と呼ばれるものがこの部屋にはないのだ。
僕の話を聞いてこめかみを押さえながら何度も頷いている桜月に名前を呼ばれて首を傾げれば、キッと彼女の目つきが変わった。



「部屋にあるボタンの取れたシャツと残ってるボタン全部持ってきて」
「え?」
「ボタン取れたくらいで着ないとかお店で付けてもらうとか勿体無さすぎ!
今から付けるから全部出して!
その間にご飯温めるから!」
「う、うん」



自分のエプロンのボタン付けが終わったようで、一旦針を片付けてキッチンへ向かう桜月。
勿体無いんだから…とか、そもそもボタン付けって小学校で習うものじゃないの?とか言っている。
どうやら自分でできることは極力自分で行う質の彼女からしたら、ボタン付けを外注するなど論外だったらしい。
また彼女に負担をかけてしまうが、ここは素直に従った方が良さそうだ。



「…お願いします」
「こんなに………よし、頑張る…」
「何か、ごめんね?僕もやるから、やり方教えて?」
「……指をケガしたら困るからいい。
その代わり食べ終わったらピアノ弾いて聞かせて?」
「ごめんね」
「違うでしょ」
「……ありがとう、桜月」
「よし」



前に言われたことがある。
謝ってほしいんじゃない、自分が好きでやることなんだから申し訳なさを感じる必要はない、と。
そういう時は『ありがとう』でいい、とも言われた。



「この量は今日だけでは終わらないかなぁ…」
「すみません…」



彼女が一生懸命縫い物をしている隣で食事をするのも忍びないが、それでいい、寧ろ手出し無用と言われてしまうと手の出しようがない。
それならば先程のリクエスト通りにピアノを弾こう。
彼女が好きだと言ってくれた曲を、できるだけたくさん。



*器用な彼女*
(でーきた!)
(わ…上手だね、桜月)
(ふふふー、褒めて褒めて)
(うん、凄い。お店にお願いするのと同じくらいだよ)
(これからは私がやるからね、勿体無い)
(ありがとう、桜月)


fin...


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