コウノドリ

□ドッペルゲンガー
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※『S ー最後の警官ー』のドラマを今更視聴して出来た妄想話です。



夕飯用意してあるから、と連絡があり書類仕事を無理やり終わらせて彼女の部屋に来てみればタブレットを見ながらキッチンに立つ姿。



「おかえりー」
「ただいま」
「今お味噌汁温めるねー」



どうやら彼女はすこぶる機嫌が良いようだ。
手洗いうがいをしてリビングに戻れば、タブレットから激しい銃撃戦のような音が流れる。
レシピを見ているのかと思えば、どうやらドラマを流しているようで。
職場で話すのに色々なドラマを流し見しているのは知っているが、キッチンにタブレットを持ち込んでまで見るようなことはなかった。
勧められたからではなく、彼女自身が見たいと思って見始めてハマっている、ということか。
それにしても銃撃戦のあるようなドラマだなんて珍しい。



「何、見てるの?」
「ん?ちょっと前のドラマなんだけどね、面白くて」
「珍しいね、そういう…ドンパチやってるようなの見るって」
「いやぁ…最初はハマる要素があまりなかったんだけどね」
「うん?」



会話しながらテーブルに手際よく料理を並べていく。
僕も箸や皿を並べたり、ご飯をよそったりできることを手伝いながらタブレットをチラッと覗く。
どうやら警察官の話らしい。
SAT、特殊部隊、狙撃なんて単語が聞こえる。



「ドラマに出てくる、狙撃手の蘇我さんがカッコよくて!」
「……へぇ?」
「超一流のスナイパーなんだけどね、暗い過去を背負っててその陰のある感じがまたいい味出してるっていうか。
自負の居場所はここじゃない、って思ってて大体冷たいのに主人公の様子がおかしいことに気づいて心配しちゃう優しさもあって!」
「……うん」
「その蘇我さんが狙撃の待機してて…こう、スコープ?っていうの?
あれを覗いてる時のほっぺがうにってなってるのがカッコいいのに可愛くて!」



彼女がここまで饒舌かつ雄弁に物事を語ることは今までに甘い物を欲している時以外にあっただろうか。
それだけその『蘇我』というキャラクターに魅力を感じているのは分かるが……。



「そうなんだ、桜月楽しそうだね」
「久しぶりにドラマで滾った!」



食卓について『いただきます』と手を合わせる彼女に倣い、自分も手を合わせる。
温かくて美味しいはずの食事がやけに喉を通らない。



「サクラ?大丈夫…?疲れてるのに私ばっかり喋ってごめんね?」
「あぁ…うん、ごめん。そうじゃないんだ」
「ん?」



食事が進まない僕に気づいたのか心配そうに見つめる桜月に気づいた。
確かに疲れてはいる。
だが、そうじゃない。



「ごめん、ちょっと…そのドラマの話、今は聞きたくない」
「あ…そうだよね、知らないのにこんなに話されても困るよね……」



違う、そういう顔をさせたいんじゃない。
先程までの勢いが急に火が消えたように小さくなってしまった桜月。
当たり前だ、こんな言い方をして。



「ごめん、そうじゃない……その、桜月があんまり蘇我さん?って人がカッコいいって言うから」
「、え?」
「ドラマの中の人の話なのは分かってるんだけど、こう…複雑で」
「あ…あー、そっか。ごめん、そうだよね、ちょっと待って?」



合点がいった、というような表情の桜月が画面を消していたタブレットを点けていくつか操作している。
これこれ、と言いながらタブレット端末を渡してきた。



「これがね、さっき言ってたドラマ」
「…うん」
「で、これが蘇我さん」
「……うん?」



ドラマの公式サイトを見せられた後、人物相関図で例の蘇我という人物の写真がアップで表示される。
どこかで見たような顔……



「…サクラに似てるでしょ?」
「え、うん……泣きぼくろ以外はそっくりだね」
「私も初めチラッと見て『似てるなー』って思って。
それで興味をもって見始めたというか……こう、似てるけどサクラとは全然表情が違うから面白いなーでも、サクラに似ててカッコいいなーって……」



つまり、自分に似ているからこの蘇我という人物がカッコいい、と……。
そう考えると口元がニヤけるのが分かる。

何だ、そういうことか。
自分は何を勝手にヤキモチ妬いて拗ねていたのだろうか。
それはそれで恥ずかしいものがあるが、目の前の彼女はもっと恥ずかしそうで。



「べ、つに…サクラの見た目だけで付き合ってる訳じゃないけど!
ただやっぱり、その、蘇我さんっていうか、ドラマに出るような人に似てるサクラはカッコいいんだなーって……あ、!」



発言の後で更に恥ずかしくなったのか耳まで真っ赤にし、タブレットを僕の手から奪って席に戻っていく。
居心地が悪くなったのか急いで食事を済ませて食器を下げていく桜月。

自分でも分かる、締まりのない顔をしていることに。
あまりそういった感情を表に出さない彼女からの直球ど真ん中な言葉。
別に僕自身、自分がカッコいいとか思ったことはないけれど、彼女がそう思ってそう言ってくれるのは嬉しいものがある。



「ねぇ、桜月?」
「……何」



ソファに体育座りをした彼女に声をかければ恥ずかしさの余り、ぶっきらぼうになっている。
そんな姿も可愛くて。



「そのドラマ、全部見ちゃった?」
「……まだ途中」
「僕、最初から見てみたいんだけど、一緒に見ちゃダメかな?」
「………別に、いいけど。
人が亡くなるシーンとかあるし…サクラ、そういうのあんまり、好きじゃないでしょ?」
「うーん、まぁフィクションだしね。そこは割り切ってるよ」
「……じゃあ待ってる」



タブレットを操作してドラマを再開しようとした彼女の手が止まり、キッチンへ向かう。
平日にしては珍しく冷蔵庫から缶チューハイを取り出している。



「平日に飲むなんて珍しいね」
「……飲まなきゃ恥ずかしくてやってらんない」
「アハッ、なるほど」



今夜はオンコールなのでお相伴はできないけれど、彼女がカッコいいと絶賛の蘇我さんをじっくりと拝見することにしよう。


*ドッペルゲンガー*
(うーん…)
(ん?どうかした?)
(顔は似てるんだけど、サクラと蘇我さんって中身が全然違う……)
(そこはほら、ドラマの世界だし)
(やっぱり、サクラの方がいいなぁ)
(うん、そういう可愛いこと言わないの)


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