コウノドリ

□怪我注意報
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「わぁっ?!」

ーガタガタンッ

「桜月先生っ?!」
「痛ぁ……」
「大丈夫ですか!?」
「階段踏み外した…」



この年になって階段踏み外すとか恥ずかしい。
……この年だから踏み外したのか?
という、ちょっと悲しい考えは捨て置くことにしよう。
よっこらしょ、と無様に倒れ込んだ体勢を直して自分の身体の部位一つ一つを確認する。



「……あ、」
「桜月先生?」
「どうしました?」
「ごめん、車椅子取ってきてもらえます?」
「えっ」
「左足首捻ったわ、これ」



やらかした。完全にアウト。
整形外科は管轄外とは言え、医学部で勉強はしてきた。
若い頃にも経験はある。
骨折はしていない。だが、確実に捻挫はしている痛み。



「あれ、桜月?こんなところで座り込んでどうしたの」
「あー…サクラ」
「鴻鳥先生、桜月先生が今階段から落ちてしまって!捻挫したみたいなんです!」
「えっ?!」
「落ちたって言っても二段くらい踏み外しただけだし……ちょっと整形行ってくる、午後の外来には戻るから」



今一番会いたくなくて一番知られたくなかった人物。
しかも看護師にサラッとバラされてしまい、もう顔が見られない。



「桜月先生〜、車椅子持って来たよ〜」
「ありがとうございます、小松さん。
サクラ、ごめん。後よろしく」
「小松さん、僕が連れて行くので代わります」
「え"っ……」
「何?」
「……何でもない」



軽々と脇を抱えられて車椅子に乗せられ、整形外科に向かわれる。
背後からの空気がやけに重い気がするのは考え過ぎだろうか。



「全く……下屋のこと言えないよ、階段から落ちるなんて」
「…二段踏み外しただけだし」
「それで捻挫したんでしょ?」
「うっ…まだ確定した訳じゃ……」
「医者なんだから自分の身体のことくらい分かるでしょ」
「返す言葉もございません」



大体、この男は昔から心配し過ぎなのだ。
ちょっと風邪気味と言っただけで散々着込ませてとにかく休めと言い、当直が忙しくて寝不足だと言えば仕事を取り上げて帰って寝ろと言い……。
たかが捻挫くらいで、こんなに怒りのオーラを纏わなくてもいいじゃないか。



「ねぇ、心配し過ぎ。サクラだって仕事あるんだから戻ってよ」
「ダメ」
「ダメってあのね……」
「整形に送ったら戻る。でも処置が終わったら迎えに行くから」
「はぁ……」
「治るまで当直なしね」
「えっ?」
「立てない状態で緊急カイザーとか対応できないでしょ」
「うっ……ごめん、でも外来は当直しない分もやるから」
「……ダメって言ったところで聞かないだろうし、無理はしないで」



整形外科に着けば、驚いた表情で迎えられた。
当然と言えば当然。
昼の時間を削ってすみません、と言いながら手早くレントゲンや診察、処置を済ませてもらった。

全治3週間の左足首の捻挫。
凡その見立ては間違いななかったようだ。
とにかく固定が一番、と捻挫というより骨折したんじゃないかと思うレベルでガチガチに固められた。
正直不便、とは言えずお礼の言葉を述べて産科に戻ろうと松葉杖を手にすれば整形の先生に全力で止められた。



「何でですか…足以外は動くんだから戻って仕事しないと」
「鴻鳥先生呼ぶから待ってろ。処置終わったら連絡欲しいって怖い顔で言われたんだよ」
「……サクラめ」



抜かりないにも程がある。
産科から乗ってきた車椅子を置いていった辺り間違いなくこれに乗って帰ることになるんだろう。
諦めて車椅子に移動すれば見計らったように処置室のドアが開き、待っていなかった…寧ろ来なくてもいいと思っていた待ち人が現れた。



「お待たせ。帰ろっか」
「……ウッス。あ、先生方ありがとうございました」
「お大事にな〜」



一刻も早く戻りたい。
二人でいる時間が辛い、と今日ほど思ったことはない。
その考えに反して、サクラの歩みはやけに遅い。
わざとか、わざとなのか。



「全治どのくらいだって?」
「え、あー…3週間。見ての通りガッチガチに固められたからもう少し早く治って欲しいけど」
「さっきも言ったけど、しばらく当直は外したから」
「…ごめん」
「こういう時はお互い様」



表情が見えない分、声色から感情を探るしかないが如何せんこの男、ポーカーフェイスが上手すぎるのだ。
長い付き合いである程度、感情を読むことはできるが本気で隠されれば容易には読み解くことはできない。



「サクラ、怒ってる?」
「どうして?」
「…いや、心配かけちゃったから」
「桜月に心配させられるのはいつものことだから」
「それはそれで何だかなぁ……じゃあ何で機嫌悪いのよ」
「……悪くないよ」
「うん、分かりやすくて助かった。さっきから不穏なオーラ出し過ぎよ」



長い廊下の途中で歩みが止まってしまった。
あまり突っ込んでほしくないところを突っ込んでしまったか。
内心ドキドキしていると後ろから車椅子を押していたサクラが目の前まで回ってきて目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。



「痛いよね」
「まぁ、多少は…自分の不注意だから仕方ないけど」
「うん…」
「あのね、そんな顔しないの。サクラが悪いんじゃないんだから」
「もし一緒にいたら怪我しなかったかもしれないじゃない」
「そんな不確実なこと言ったって…起きてしまったことは仕方ないから。まぁ足以外は大丈夫なのが不幸中の幸いよね」
「ポジティブだね…」
「サクラがネガティブ過ぎるのよ。ほら、ごはん食べてないんだから早く医局戻ろ」



気にしすぎというか何というか。
起きてしまったことは仕方ない。
周りに迷惑をかけることにはなるが、それは捻挫が治ったら倍働いて返せばいい。



「ちなみに僕、今日オンコールだから一緒に帰るから」
「え?」
「その足だと不便でしょ。治るまで当直の時以外は桜月の家でお世話してあげるよ」
「え…それは遠慮する」
「大丈夫、入浴介助も食事介助もちゃんと覚えてるから」



にっこり笑うサクラの笑顔がこんなに怖いと思ったのは久しぶりかもしれない。
背中を嫌な汗が流れていった。


*怪我注意報*
(ちょっとサクラ、別に抱えられなくても大丈夫だから!)
(何言ってるの、部屋の中は病院と違って危ないんだから)
(だからっていちいち横抱きしないで)
(うん?僕がしたいだけ)
(サクラ!)

fin...


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