コウノドリ

□おうちデート
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「あの、」
「うん?」
「先生の、秘密って……?」



昨日からずっと気になっていた。
いつも穏やかで優しい鴻鳥先生の秘密。
何かある、というのは分かっていたが誰にでも隠しておきたい秘密の1つや2つはあって当然のことで。



「うん、こっちおいで」



苦笑しながら呼び方は要練習ね、と言われて自分がまた『先生』と呼んでいたことに気づく。
これはもう常に意識するしかなさそうだ。

連れて行かれた先は部屋に通されて一番に目に入ったグランドピアノの前。
促されるまま、ピアノの椅子に座れば後ろから包み込まれるように鴻鳥先生が椅子に座る。



「せ、先生っ…?!」
「僕ね、ギネ(産科医)の他にも仕事してるんだ」
「え……」
「それが、僕の秘密」
「あの…他の仕事って…?」
「ピアニスト、ベイビーって知ってるでしょ」
「加江が、好きなジャズピアニスト……えっ?」



驚いて振り返れば思ったよりも至近距離に先生の顔があって、心臓が早鐘を打つ。
ピアニスト…?鴻鳥先生が?
確かに、前にクリスマスコンサートで病院のピアノを弾いているところを見たけれど……鴻鳥先生が、ベイビー?



「驚いた?」
「と、いうか…ちょっと、頭の整理が……」
「だよね、まぁ百聞は一見にしかずということで」



私を足の間に座らせたまま鍵盤に指を乗せてそのままメロディを奏で始める。
これは……確か『Baby,God Bless You』
加江が名曲だと絶賛してよく昼休みに聞いていたのを思い出す。
目の前で繰り広げられるタッチは確かにプロの腕前。

本当に、ベイビー……?



「頭の整理はついた?」
「…目の前でこんな演奏されたら、納得するしかないじゃないですか」



『Baby,God Bless You』の後も加江の流していたCDから聞いたことのある曲を次から次へと奏でられ、驚愕から感嘆へ移り変わっていった。



「四宮先生と小松さんはご存知なんですよね」
「うん、あと院長ね。一応僕の後見人だから」
「そうですか……」



限られた人しか知らない、鴻鳥先生の最大の秘密。
そういえばベイビーは児童養護施設の出身の謎のピアニスト、と聞いた。
2時間演奏する日もあれば、10分で椅子から立ち上がりピアノを激しく弾いてステージを後にする日もあると……。



「…加江が当直の日にライブがあって、10分で立つことがあるのって、先生がオンコールだから…?」
「…そっちに疑問もつ?」
「えっ?でも、そうですよね?」
「うん、まぁ…そうなんだけど。院長が僕の後見人ってことは気にしないんだね」
「別に…鴻鳥先生、よく院長室に呼ばれてるので何かあるのかなってくらいしか思ってませんでした」
「ちなみに児童養護施設出身っていうのは事実だよ」



それから生みの母親のこと、育ててくれた加賀美先生と景子ママのこと、ピアニストと産科医になるまでのことを話してくれた。
鍵盤に置かれていた手が私のお腹に回り、ぎゅっと力が込められる。
話を聞きながらその手に手を重ねることしかできなかった。



「後見人はいるけど、孤児だったことには変わりないからね」
「そうですか」
「…あっさりしてるなぁ」
「これまで大変だったんだろうとは思います。でも…」



何とかして向きを変えてサクラさんと向き合う。
これは顔を見て伝えなければいけない。



「今、ここにこうしてサクラさんがいること以上に大切なことってありますか?」
「えっ…」
「確かに孤児だったこととか、お母さんが三人いらっしゃることとか…今のサクラさんを形成するうえで大切なことだと思います。
でも私は今、ここでこうして生きて目の前にいてくれる、それだけで十分だと思ってます」



考えが甘い、と言われるかもしれないけれど、彼が今こうして私の目の前にいてくれることが何よりも重要で大切で。
だって私達は毎日出産という奇跡を、人が生まれることの尊さを目の当たりにしているのだから。



「過去は変えられませんからね、変えられない事実をとやかく言うつもりはありません。
サクラさんが孤児であることを気にしてご自分を卑下するなら話は別ですけど」



私は出自がどうとか気にしませんし、と付け加えれば急に強く抱き寄せられた。
何か変なこと言っただろうか、何か気に障ることを言ってしまっただろうか。

でも、これは本心。
何度でも言う。今、ここにいてくれることが何より大切なことだと。



「ちょっと、心配だったんだ」
「え?」
「親がいない、施設にいる子とは遊べないって…昔はよく虐められたから」
「まぁ…今でこそ多様な家庭環境が受容される時代になりましたけど…少し前までそうでもなかったですしね」
「桜月はそんなこと言わないと思ってたけど」
「本人の意思でどうにもできないことを責めてどうするんですか」
「変なところで強いなぁ…」



頭上でふっと笑う感じがした。
ようやくサクラさんの緊張が解けたようだった。
そーっと腕を彼の背中に回してみれば、隙間がないくらいピッタリと抱き締められる。



「今まではさ、」
「はい」
「自分の感情を昇華する為にピアノを弾いてたんだけど、これからは桜月の為にいつでもいくらでもピアノを弾くよ。
まぁ…ベイビーは続けるし、感情の昇華の為にも弾くと思うけど」
「ふふ、楽しみにしてます。
それと……前々からの謎が解けて良かったです」
「…謎?」



随分前のことだが、赤い口紅を口元に付けて病院に舞い戻ってきたという話を加江から聞いていた。
当時は興味もなく聞き流していたが、それはベイビーの物ということで。



「その時は派手な恋人でもいるのかなってくらいにしか思ってませんでした」
「それは……誤解が解けて良かったよ」



顔を見合わせて、同時に吹き出した。
今は何でもないこの時間がただただ愛おしい。



*おうちデート*
(でも、アレだね)
(はい?)
(桜月はテンションが上がってくると名前で呼んでくれるんだね)
(何ですか、それ……)
(無意識?タチ悪いなぁ)


fin...


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