コウノドリ

□メントール
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いつも通り彼女の部屋を訪れてみれば、普段嗅いだことのない香りが一瞬鼻をついた。
なんだろうこの匂い。
しいて言うならば男性物の香水のような…メントール?
そうだ、メントール。
これはあれだ、ゴローくんが飲み会の時につけていた香水に似ている。

決してわざわざ匂いを嗅いだ訳ではなくて、隣に座った彼から香ってきただけで。
……誰に何の言い訳をしているんだ、僕は。

それにしても、だ。
何故こんな匂いが彼女の部屋から?
彼女の職場は女性が多いにしても男性も少なからずいる。
だからと言って。
ここまで香りが残るのなら長時間部屋にいたことになる。



「いやいやいや……」



まさか、彼女に限って。
有り得ない考えが浮上して、慌てて頭を振った。
そんなこと、有る訳がない。



「桜月?」
「あ、サクラ。おかえりー」
「ただいま」



室内に声をかけてみれば、いつもと変わらない彼女が顔を出した。
そう、浮気なんてできる人ではない。
確かに自分の内側に色々溜め込みやすいタイプではあるが、隠し事は巧くはない。



「どうしたの、ボーッとして。お疲れ?」
「あ、ううん。何でもないよ」



当直明けで帰宅して、彼女がいることに違和感を覚えるが今日は彼女も休みの日だったか。
手洗いを済ませてソファに座る彼女の隣に座れば、先程のメントールの匂いが強く感じた。
………あれ?



「桜月、ボディソープ変えた?」
「え、変えてないよ?」
「……そっか」



急にどうしたの、と笑いながら言う彼女に胸のザワザワした感じが止まらない。
この香りは彼女から漂ってきているのに、こんなにも分かりやすいのに、どうしてこんな嘘を。
いたたまれなくなって彼女をぎゅっと抱き寄せた。



「わっ…サ、サクラ?」
「………」
「えー、と…サクラさーん?」
「桜月」
「うん?」
「……匂いが、違う」
「…………うん?」
「いつもと、匂いが違う」
「…あぁ!」



合点がいった、と言わんばかりに顔を上げる桜月。
ちょっと待ってて、と腕から抜け出して行った彼女が手に何かを持って同じ場所に戻って来た。
……腕の中に戻って来る彼女が、とてつもなく可愛い。



「これの匂いじゃない?」
「…これって」



彼女の手の中にあるのは男性用のフェイシャルペーパー。
サクラも使う?とシールを開けると部屋に入った時と彼女から漂った匂いと同じメントールの匂い。
促されるままにペーパーを一枚手に取って腕を撫でれば清涼感が肌を駆け抜ける。



「すごくスースーするね」
「前は女性用のもの使ってたんだけどね…同僚から男性用のを一枚貰った時にこのスースーするのが気持ち良くて、それからずっとメントール系使ってるんだよね」
「……そういうこと」



とんだ杞憂だった。
そう思ったら急に力が抜けて、彼女の肩に頭を預けて凭れかかった。
彼女といると本当にドキドキの連続だ。



「サ、サクラ?大丈夫?」
「大丈夫じゃない…」
「えぇー……」



表情は見えないが困ったように眉を下げる彼女の顔が目に浮かぶ。
勝手に勘違いした自分がいけないのは分かっているが、何となく困らせたいという気持ちもある。



「桜月がキスしてくれたら大丈夫になるかも」
「それって普通に大丈夫なやつだよね?」
「大丈夫じゃないよ、キスされなかったら倒れそう」



わざと彼女の方に体重を少しかければ笑いながら分かった、重いから!と肩を叩かれる。
少しだけ体を離せば、伸び上がって触れるだけのキスをされた。



「大丈夫に、なった?」
「んー…もう一回」



もう!と胸元を軽く叩かれ、流石にもう無理かと思ったら再び軽くキスをされる。
離れようとする彼女の頭を引き寄せて、三度触れるだけのキスを落とせば、



「何か、イチャイチャするの久しぶりかも」



と、どこか嬉しそうな彼女の声が聞こえた。
確かに、と心の中で彼女の発言に共感しながらもう一度彼女の体を腕の中に閉じ込めた。



*メントール*
(このままベッド行きたい)
(当直だったもんね、寝る?)
(眠いは眠いけど)
(うん?)
(桜月を離したくないかな)
(添い寝くらいならするよ)
(うーん…添い寝で済むかな)
(え?)


fin...


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