コウノドリ

□君の為に
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今日も元気に外来診療!
……と言う元気なテンションは元々ないが、いつも通りに頑張ろう。
今夜はベイビーのライブもある。
加江に言ったら羨ましがられたけど、彼女が当直の時にライブがあるのは救命に異動する前からだから仕方ない。
運が悪いと言えばそれまでだが…運だけではないことを知っている。

ただ、これは例え大切な同期で親友の加江でも言えない、大切な秘密。



「よし、真弓さん。始めましょうか」
「じゃあ最初の方入れますね」
「お願いします」



今日の外来は順調でいい事づくめだった。
まずどの妊婦さんも体調が悪い様子もなく、お腹の赤ちゃんも元気。
不妊治療を5年続けてきた方の妊娠が分かったし、診察最後の方を見送ってからあぁ今日は良い日だな、と安堵の溜め息が漏れた。



「桜月先生、ごめんね。もう一人いい?」
「小松さん?今の方で最後だったはずでは…?」
「…ちょっと、今朝から胎動感じないってお母さんがさっき来て」
「っ、入れてください。あの、鴻鳥先生と四宮先生は…?」
「鴻鳥先生はまだ診察中。四宮先生はカイザーに入ってる」
「鴻鳥先生の診察が終わったら、こっちに来てもらってください」
「分かった」



先程までの穏やかな空気が一変。
胎動を感じないというのは単に赤ちゃんが眠っているだけならいいが、今朝からというのは時間が長いように感じる。
カルテを見れば初産婦の29週2日、前回の健診で赤ちゃんは推定1,239gで特に問題なし。
母体も特に指導が入った点はない。
前回は…鴻鳥先生の診察。何かあれば見逃すはずはない。



「お願いします…」
「こんにちは、中川さん。どうされました?」
「胎動カウントしてたんですけど、朝から何回試しても感じられなくて……」
「中川さん、あんまり回数を数えようと集中すると赤ちゃんにも緊張移ってしまいますからね、気負わずに…。
一応、赤ちゃんの様子見ておきましょうね」
「お願いしますっ!」



お母さんの緊張が移っただけ、それなら心配はない。
何だろう、このザワザワした感じ。
エコーの用意をしながら、鴻鳥先生の到着を願ってしまう。



「エコー、しますね。ちょっと冷たいですよ」
「はい……」
「………」



手にしたエコーをゆっくりと動かしていく。
心音は、どこ。
この時期なら大体すぐ見つけられるはず。
どこ?……お願い。



「高宮、先生」
「鴻鳥先生…」
「ごめん、遅くなって」
「あれ、鴻鳥先生?どうしたんです?」
「胎動感じないって聞いてビックリしましたよ。
前回の健診の様子聞きたいって高宮先生から呼ばれて」
「あ、そうだったんですね…」



鴻鳥先生と中川さんの会話が耳を滑っていく。
まだ心音が見つけられない。
これは……っ…



「……鴻鳥、先生…」
「うん、代わるよ。小松さんに話しておいて。
中川さん、すみません。僕もちょっと診せてくださいね」



エコーを鴻鳥先生に任せて診察室の裏へ。
小松さんが心配そうに駆け寄って来た。



「桜月先生、どうだった?」
「……今、鴻鳥先生がエコーを。
IUFD(子宮内胎児死亡)の可能性が、高いです…小松さん、個室の用意をお願い、します」
「分かった、ごめんね」
「……何で、謝るんですか」
「ごめん、急で驚いたよね」
「私よりも、中川さんの方が……」



辛いのは私じゃない、本当に辛いのは患者さんの方だ。
だから私は泣いちゃいけない。
少なくとも、患者さんの前では。



「高宮」
「はい、個室大丈夫です」
「中川さんには話しておいたから、ご主人が来たらもう一回エコーするよ。
今度は四宮にも診てもらおう。
小松さん、お願いします」
「分かった」
「…先生、やっぱり…」
「IUFD…だね」



鴻鳥先生が見逃すはずがない。
まず間違いないだろう。
重く悲しい事実を伝えなければならない。



「…中川さんの妊娠確認の時、診察したんです。ご主人も一緒にいらっしゃってて、二人共すごく喜んでて…それなのにっ…何で……」
「高宮」
「……すみません、10秒ください。切り替えます」



まだ、駄目だ。
患者さんの前でこんな顔したら、話をする前に伝わってしまう。
IUFDは事実としても、医師としてできるだけ冷静に、感情を表に出してはいけない。



「僕が話すから」
「、でもっ……」
「こういう時は頼ってよ。先輩命令だから、ね?」
「鴻鳥先生……」
「サクラ!」
「四宮、カイザーの後すぐに悪いな」
「いや…それで?」



状況を話しながら個室に向かっていく二人。
先輩命令とは言われたが、黙って待っていられるほど大人しい性格ではない。
一瞬悩んだが、二人の後を追いかけた。



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