コウノドリ

□君の為に
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あの後、鴻鳥先生と四宮先生、二人でエコーを確認したがやはり心音が確認できず、IUFDと診断された。
この二人が診たならば間違いはない。
…できれば間違いであってほしかったけれど。

中川さんは母体へのリスクを考慮して翌朝に出産する為、そのまま入院となり私は午後の外来と回診を何とか済ませて定時で帰らせてもらった。
ベイビーのライブというのもあるが、病院にいることすらも辛くて。
開演まではまだ時間があるので、ライブハウス近くのカフェで時間を潰す。
雑踏の中に身を置けば少しは気が紛れるかと思ったが、そんなこともなく。



「はぁ………」
「溜め息が大きいよ」
「え、…あ、鴻鳥先生…」
「今日、来るって言ってたわりに早く病院出てたから、この辺りにいるかなって思ってね」
「……すみません」
「何で謝るの?」



悪いことしてないのに、と笑う鴻鳥先生を見ていたら急に安心してしまい、涙が零れ落ちそうになる。
そんな私を知ってか知らずか、ぽんぽんと頭を撫でてくれる。



「行こっか」
「え?」
「僕はもう行かなきゃいけないけど、そんな顔してる子を一人で置いておきたくないからね」



さ、行くよと荷物を持たれてしまえば、ついて行かない訳には行かず。
リハーサルもあるからお構いはできないけど、とライブハウスの裏口から勝手知ったる様子で中へ入っていく。
あぁ、本当にこの人がベイビーなんだな、とぼんやりしていたら後をついて来ないことに気づいたサクラさんがドアを開けたまま振り返った。



「どうかした?大丈夫?」
「あ…すみません、本当にサクラさんがベイビーなんですね…」
「アハッ、何かと思えば」



いつでも、いくらでも弾いてあげるって言ったじゃない、と笑う彼がステージ上のベイビーとは結びつかなくて。
狭いステージ裏の通路を通り抜けて、ステージに上がるサクラさん。
ステージの上には一台のグランドピアノ、そして一人の男性。



「あ、サクラさんお疲れ様でーす」
「お疲れ、賢ちゃん」
「あれ…そちらの方は、もしかして?」
「この前話したでしょ、高宮桜月さん……って、あれ」



ステージ上まで行っていいのか舞台袖で悩んでいると、後をついて来ないことに気づいたサクラさんが戻ってきて手を引かれる。
こんな特別な場所に上がってしまっていいのかな、なんて居心地が悪くなってしまう。



「紹介するね、僕のマネージャーで幼馴染の滝賢太郎…くん?」
「サクラさんに君付けされるの新鮮ー」
「初めまして、高宮桜月と申します。
こうの…サクラさんにはいつもお世話になってます。よろしくお願いします」
「滝です、こちらこそよろしくお願いしますね〜」



人懐っこそうな柔らかい笑顔。
それは何故か仕事中の鴻鳥先生の笑顔とかぶって見えた。

開場まではあと1時間半ほど。
着替えやメイクもあるので短い時間でリハーサルを行うという。
僕は構わないよ、と言われたがリハーサル中までステージ上にいるのは憚られたので舞台袖まで下がることにした。



「高宮さん、椅子使って?」
「あ、すみません」
「そういえば高宮さん、今日って自分でチケット取ったの?」
「…はい、そうですけど……?」
「サクラさんに言えばいつでも無料招待なのに」
「いや、でもそれは職権濫用というか公私混同というか…ベイビーもれっきとしたお仕事なのでそれは申し訳なくて」
「サクラさーん!何、この子めっちゃ良い子!」
「でしょ?でも次からは客席じゃなくてそこで聞いてて欲しいかな」



音の反響具合などを他のスタッフと確認していたサクラさんが笑いながら振り返った。
客席ではなく、舞台袖で…?



「まぁ…変なお客さんは今までほとんどいなかったけど、アルコール出るから絶対とは言えないし何かあっても困るし、ステージからは助けに行けないし。
オンコールになった時は僕いなくなっちゃうしね」
「でも、」
「はーい、先輩命令です」
「……先生、それ気に入ってます?」
「アハッ、バレた?」



賢ちゃん、スタッフパスお願いね、と声をかけた後、スツールに腰を下ろしてピアノに向かうサクラさん。
彼がピアノを弾く姿を見るのは3度目だったか。
この後ろ姿もすごくカッコいい。



「桜月、何かリクエストある?」
「えっ、えーと…じゃあ『candle』を」
「りょーかい」



軽快なタッチで奏でられる曲はどこか物悲しくて。
……あ、マズい。これは泣きそう。



「…高宮さん?」
「すみません、何でもないんです…」
「いや……きっと何かあった、よね?」



彼の幼馴染は言う。
ベイビーの演奏はその日のコンディションに影響される、と。
少し前に彼女ができたと話していた日は音が弾んで、曲がキラキラしていたそうで。
今日、一緒に来たというのならばどれだけ浮かれまくっているのだろう、と楽しみにしていた。
しかし、奏でられる曲は選曲もあるのかもしれないが、切なさを帯びていて。



「仕事で…ちょっと……っ、」
「そっか、うん……」



ダメだ、堪え切れない。
あの時止めてしまった涙が今、止める術もなく溢れ落ちてきた。
心が揺さぶられる。
全てを見透かされて、丸裸にされてしまいそうな、こんな演奏は他に知らない。


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