コウノドリ

□七夕翌日
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「ねぇ知ってる?」
「……桜月、それが古いって知ってる?」
「サクラと春樹には通じるでしょ」
「俺を巻き込むな」
「昨日、七夕だったんだって。
小児病棟に遊びに行ったんだけど笹飾りがあって子ども達に『先生も願い事書こー!』って誘われたのよね」



午後の外来も終わり、当直とオンコールと日勤の人間がデスクに向かったままそれぞれがペンを走らせてパソコンに向かっている。
タイピングの音と物を書く音だけが響いていた医局の静寂を破ったのは日勤のはずの桜月。
書類の山が終わらない、と昼に言っていたがまだ終わっていないらしい。
昔からレポート類は苦手だったが、そういうところはいつまで経っても変わらないらしい。

古いネタと分かるのもまた古い人間だということを分かっているのか。
と内心突っ込むが口にはしない。

この同期の二人と揃って書類を書いていると、静寂に耐えられなくなった桜月がどうでもいい話題を振ってきてサクラが返事をして俺は巻き込まれる、これはもう昔からお決まりのパターンだ。
そんなことをやっているから書類が進まないのだ、と思うけれどこうなるともう止まらないこともよく分かっている。



「七夕かぁ……もうそんな時期なんだね」



道理で朝夕に蒸し暑い日が多くなってきたはずだよ、とのほほんと笑うサクラは今日は日勤後はオンコールのはず。
パソコンの画面はついているが、先程から手は動いていない。
大方、桜月の仕事が終わるのを待っているだけだろう。
……暇人か。



「あれでしょ、織姫と彦星ってベガとアルタイルじゃない?
15光年離れてるから実際に光速で移動しても会うのに15年はかかるらしいけど一般的には年に一度、七夕の夜に会えるって話がメジャーよね。そこんとこどうなんだろ」
「フィクションの物語に現実を求めるな」
「いや、だってさぁ」
「僕は星の寿命を人間の寿命に換算すると一年なんてあっという間で、実は0.3秒に一回は会ってるって話も聞いたことあるけど」
「……そんなに?!」



脱線に脱線を重ねて本筋から話題が逸れるのもいつものこと。
かろうじて動いていた桜月の手はすっかり止まってしまっていた。



「桜月、願い事なんて書いたの?」
「無病息災、家内安全?」
「初詣の絵馬か」
「いや、だって急に言われてサクラも春樹も何か思い浮かぶ?」
「……………うーん」
「ないな」
「でしょ?後で調べたら手芸や習い事の上達とか子どもの健康とかを願うって出てきたけど、手芸も習い事もないし…小児病棟の子達の健康を願うくらいしかなくない?」
「下屋なら『結紮が上達しますように』一択だな」



手芸と言われて思い浮かんだのは煩くて手のかかる後輩の結紮。
下手すると更に後輩のジュニアくんよりも時間がかかる。



「アハハッ、四宮それ言い過ぎ」
「それなら私もそっちにしておけば良かったかな〜」



何がそんなに可笑しいのか、二人で腹を抱えて笑っている。
あーもうダメ。今日はやる気がログアウトでーす、と背伸びを1つした桜月が帰り支度を始めた。
隣の席のサクラもそれに倣うようにパソコンを落として帰り支度をする。



「じゃあ四宮、よろしくね」
「春樹、お疲れー」
「あぁ」



二人並んで医局を出ていく。
ようやく本当の静寂が訪れた。
全く、何の為に残っていたのか。
結局山積みだった書類はほぼそのままデスクに残されているのが見える。

きっと明日も書類の山が終わらない、とアイツは嘆くのだろう。全く成長がない。
そして仕方ないなぁ、と笑いながらその山を半分手伝うサクラの姿も目に浮かぶ。

何も変わらないように見えて、あの二人が付き合い始めてからだいぶ経つ。
初めのうちは何かとイチャついていたが、最近は見えるところでそういう素振りは見せなくなった。
……当たり前と言えば当たり前だが、そういった点においては少しは成長したらしい。

今年の七夕は終わってしまったが、もし来年願い事を書く機会があれば、願いは今決まった。



『桜月の無駄口が減りますように』



もう!と怒る姿とそれを宥める同期の姿まで目に浮かんで笑いが込み上げるのを止められなかった。


*七夕の翌日*
(ご機嫌じゃん、シノリン)
(…小松さん、いたんですか)
(さては私と当直が一緒で嬉しいんでしょー?!)
(寝言は寝て言ってください)
(なっ!!)
(回診行ってきます)


fin...


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