コウノドリ

□初めての当直
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その日は朝から風が強く、病院内だというのに外の風音が聞こえるくらいビュービューと吹き荒れていた。
夕方からはそれに加えて雨まで降り始めて、皆が帰る頃には暴風雨になっていた。
そんな中、当直の私は寧ろ濡れずに済んでラッキー、なんて考えていたが……低気圧の日はお産が多い、なんて先輩助産師の言葉が的中。
陣発、破水、次々と妊婦さん達が来院し始めた。
後期研修医を卒業し、一人前と認められたとは言え、まだまだひよっこな私一人で対応しきれるはずもなく。
夜中と呼ばれる時間に入る前にオンコールの四宮先生にヘルプを求めてしまった。



「すみません、四宮先生……」
「謝らなくていい、寧ろ呼んで正解だ。
俺やサクラでもこの数を一人で対応するのは無理だ」
「…はい」
「そうそう、一人で頑張るだけが大事なことじゃないからね!産科はチームなんだから!」



これくらい一人で何とかしろ、と言われるかと思っていたので思いの外、優しい四宮先生の言葉に胸を撫で下ろす。
小松さんに後ろから抱きつかれ、ちょっと心が軽くなる。
良かった、判断を間違えなくて。

進行中が4人。
順調ではあるけれど、何があるか分からないのがお産。
まだ気は抜けないし、これから更に増える可能性もある。

気合い入れ直そう、とデスクに向かったところでバチン!と病院内の電気が消えた。
えっ、と声を上げる間に非常用の電源が起動したようで、パソコンのモニター、分娩の監視装置と連動したモニター、病棟内の電気などが復旧した。

窓の外を見れば、いつの間にか雷まで鳴っていたようでもしかしたらどこか送電塔にでも落ちたのかもしれない。
近隣の施設や住宅街など見える範囲の建物の電気は全て消えている。



「ちょっと進行中の方の様子見てきます」
「あぁ、病棟は俺が回る」
「お願いします」



LDRを一部屋ずつ回れば、どの妊婦さんも驚きはしたが進行状況に問題はない様子。
とりあえずこれならば電気が復旧するまでは大丈夫かな、と胸を撫で下ろした。
もう今日の当直の時間だけで何度目になるか。

その時、不意に胸ポケットに入れた医療用スマホが鳴った。



「もしもし」
『……高宮?』
「鴻鳥、先生?どうされました?」
『停電大丈夫かと思って』
「あぁ…わざわざありがとうございます。
とりあえず非常用電源が動いてるので今のところ大丈夫です。
四宮先生もいるので大丈夫…です」
『あぁ、オンコール四宮先生だっけ』



今日の当直に入ってからのバタバタを手短に話せば、それは大変だったねと労りの言葉をもらった。
まだ当直の時間帯は始まったばかり、明日の朝まで気は抜けない。



「じゃあ、また明日」
「桜月先生っー!ちょっと来て!」
「はいっ!すみません、鴻鳥先生失礼します!」



小松さんに呼ばれて慌ててLDRの一室に駆け込む。
内診をしていた小松さんがそのままの体勢のまま動かない。
これはまさか……



「臍帯脱出…ですか?!」
「そう、だね」
「っ、四宮先生呼んできます。あとエヌとオペ室に連絡……」
「うん、お願い」
「小松さん、すみませんがお願いします」



状況を患者さんとご主人に説明をしよう。
カイザーの同意書を記入してもらわなければ。
同意書を用意している間に四宮先生とオペ室、エヌに連絡。



「四宮先生、臍帯脱出です。すぐにカイザーに入ります」
『無理だ』
「えっ?!」



聞けば前置胎盤で入院していた患者さんが大量出血して、こちらもカイザーの必要あり、と。
人手が足りない。
どうすればいい?



「高宮」
「鴻鳥先生!?何でっ……」
「話は後。ゴローくんももうすぐ来るから四宮の方に回ってもらおう。
僕らはこのままカイザー行くよ」
「は、はいっ」
「四宮、聞こえてた?そっちは頼んだよ」
『サクラ、タイミング良すぎだ』



電話の向こうで四宮先生が笑ったような気がした。
どうしているんですか、とか…何でゴローくんまで、とか聞きたいことはたくさんある。
でもとにかく、今は…目の前の生命を。


































「鴻鳥先生、ゴローくん、ありがとうございました…」
「みんな無事に生まれて良かった」
「結局、夜に来た患者さん達、みんな出産されましたね」
「四宮先生にすっかり頼り切ってしまって……すみませんでした」
「……謝れとは言ってない」
「今度、ジャムパンと牛乳、買って来ます」



結局2件のカイザーもその他のお産も無事に終え、時刻は明け方4:00を回っていた。
後期研修医を卒業して初めての当直がこれってなかなかの試練。
何故か来てくれた鴻鳥先生が神様のように感じた。



「四宮とゴローくん、少し休んで来たら?」
「あぁ、そうさせてもらう」
「え、それなら高宮先生の方が…」
「私、当直だから。病棟も回って来ないといけないし」
「…分かりました」



四宮先生とゴローくんの後ろ姿を見送ると、力が抜けて椅子に腰を落としてしまった。
病棟を回ると言ったのに、このザマとは。



「お疲れ様」
「……鴻鳥、先生…今日はありがとうございました…でも、どうして……オンコールじゃないのに…」
「ジンクス、って言うのかな。
あんまり信じてはいないんだけど独り立ちした医者の初めての当直の日って大体トラブルがあるからね。
天気も悪かったし停電は起こるし、何か心配になって」
「……すみません、」
「四宮も言ってただろ、謝って欲しい訳じゃないよ」



ぽんぽんと頭を優しく撫でられて、視界が揺らぐのが分かる。
あぁ、まだ当直勤務は残っているのに。
まだ気を緩めたらダメなのに。



「鴻鳥、せんせ…」
「うん…頑張ったね」



どうしてこの人は私の欲しい言葉をくれるのだろう。
いつから私はこんなに弱くなったのだろう。
涙が溢れ落ちるのを止められない。

少しだけ、ほんの少しだけでいい。

立ち上がる為の力をください。



「すみません、もう大丈夫です」
「うん、大丈夫そうだね」
「鴻鳥先生……サクラさんのお陰です」
「またそういう可愛いことを言う」
「可愛くは、ないです」



くしゃくしゃにされた髪の毛を直して頭を下げる。
もう少し勤務時間は残っている。
気を引き締め直さないと。



「病棟見て来ます」
「うん、行ってらっしゃい」



もう大丈夫。
産科はチームだから、………私は一人じゃない。
頼れる先輩も仲のいい同期も生意気な後輩もいる。
だから、大丈夫。


*初めての当直*
(ねぇ……何なの、今の空気)
(わ、小松さん)
(何で桜月先生が鴻鳥先生を名前で呼んでる訳?)
(いやぁ〜…アハハッ)
(小松さん知らないんですか?コイツら付き合ってるんですよ)
(ちょ、四宮?!)
(何だとー!!!!)


fin...


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