コウノドリ

□僕のことだけ考えて
1ページ/2ページ


「桜月ー!聞いてよ、白川がさぁ!?」
「……また?」



毎度お馴染みの光景。
同期の加江と白川のどうしようもない喧嘩。
この二人、どうにも相性が悪い。
どちらかと言うと白川が加江を煽っているのが大体の原因で面倒事が起こる。
別に二人で勝手に喧嘩している分にはまだいいが、大半がこちらまで飛び火してくる。
初めのうちは適当にあしらっていたが、最近はそれすらも正直面倒。

今日はどうしようかな、と加江の話を右から左に聞き流していたら、面倒な奴が向こうからやって来るのが見えた。



「…うわ、」
「え、何?どうしたの?……げっ、白川」
「『げっ』て何だ」
「別にー?」



お願いだから私を挟んで言い合いを始めるのは止めて欲しい。
寧ろどこか別な場所でやってくれ。
そんな心の願いが届くはずもなく、私を真ん中にしてベンチの左右に座って言い合いを続ける二人。

新しい論文が出ていて鴻鳥先生が譲ってくれたので、お昼ごはんを食べながらゆっくり読もうと屋上に出てきたのは失敗だったか。
これならまだ産科の休憩室の方が白川は入って来ないだろうし集中して読めたかもしれない。

喧嘩の間に挟まれて論文が読めるほどの集中力を、現段階で使いたくはない。
何せ今日は当直で、しかも小松さん情報では新月らしい。
お産が続く可能性がある。
それならこの二人の喧嘩を適当にあしらいながらお昼ごはんを食べた方がよっぽど自分の為になる。

しかし、この二人。
いつも同じようなことで言い合いをする。
それもまた仕方のないこと。
お腹の中にいた方がいいとギリギリまで粘る産科とNICUのベッド数の確保の為には出来るだけ計画的にお産を進めて欲しい新生児科。
どちらもベビーの為、と言えばそれまでだが両者にはどうしても隔たりが生まれる。
……だからと言って、今橋先生と鴻鳥先生の間にはそんな隔たりなんてなくて、単に加江と白川のお互いの歩み寄りが足りないだけ、という話であって。

ああ言えばこう言う、を具現化したような白川に対して、加江が喰ってかかるのはもう何度目だろう。
二人共、そろそろ少し大人になって欲しいものだ、と缶コーヒーを開けた。



「そういえば高宮、鴻鳥先生と付き合ってんだって?」
「っ?!な、んでそのこと…!」
「小松さんが新生児科にも言いに来てた」
「あの人は…もう、」



急に矛先が、しかも斜め上からこちらに向いてコーヒーを吹き出しかけた。
産科と新生児科は性質上、密接な関係ではあるけれど、何もそんなことまで話に行かなくてもいいじゃないか…。
別に隠すつもりはなかったが、職場内での恋愛は周囲から変な気遣いをされるので、表面上は今まで通り先輩後輩を演じていた。
というより病院に来ると自然と気持ちが切り替わるので、周りに気づかれることはなかったのだが。

少し前の当直の日。
お産が重なってどうしようもなくなった時にスーパーマンみたいなタイミングで現れた鴻鳥先生がカッコよすぎて、思わず『サクラさん』と呼んでしまったところを小松さんに目撃されて。
そこからはもうお察しだ。



「まさか一番に高宮が彼氏持ちになるとはなぁ」
「どういう意味よ、それ」
「私もビックリしたよ?しかも相手が鴻鳥先生って」



飲み会と称して連行された事情聴取で散々言われた。
流行りも女心も分からない鴻鳥先生でいいのか、と。
別にそういう理由で好きになった訳でも付き合い始めた訳でもない。
……彼の良さは私が分かっていればいい。
そう思ってはいるが、こんなにも言われると気分はあまり良くない。



「まぁいいんじゃねーの?」
「白川……」
「産科のリーダーで患者さんからもスタッフからも信頼厚くて手術の腕はピカイチ。
あの人が産科医辞めることはないだろうし、高宮が今後、仕事辞めて専業主婦になっても悠々自適な生活送れるだろ」



反射的に後頭部に平手をかましていた。
いいんじゃないか、と言われて少しでも見直した自分がバカだった。
コイツは仕事の腕はそれなりにいいが、どうにも考え方が阿呆なんだった。



「ってぇな、何だよ」
「白川!アンタ、桜月が医者辞めてもいいって思ってるワケ!?」
「いや、だって結婚だ妊娠だ出産だってなって産科医は続けられないだろ」
「……生まれ変わって人生やり直してきな」



いい天気なのに不快指数が一気に高くなった。
これ以上、ここにいたら余計なことまで口走ってしまいそうだ。
食べかけのお弁当を片付けて足早に屋上を後にする。
背中で加江の白川を詰る罵声が聞こえたが、この際無視。

確かに鴻鳥先生は産科のリーダーで患者さんからもスタッフからも信頼厚くて手術の腕はピカイチ。
先輩として尊敬する部分がたくさんある。
勉強するべき点も見習うべき点も、数え切れないほどにある。

確かに世間一般からすれば結婚適齢期と言われる年齢で、友人からは結婚するとか出産したとかの声が届く。
自分自身、そういったことを……サクラさんとの未来を考えたことがないとは言わない。
それでも、研修医を卒業したばかりのペーペーの自分にも矜持はある。
彼に全て委ねて仕事を辞めるなんて考えたことはない。
それなのに、



「……ムカつく」



_
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ