コウノドリ

□寂しさの裏返し
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ナースステーションから楽しそうな笑い声が聞こえる。
あぁ、ついに帰ってきたんだ。



「…大丈夫か」
「大丈夫ですよ?作戦、お願いしますね」



本当に優しい先輩だと思う。
こんな私の自己満に付き合ってくれるのだから。
ぽん、と背中を叩かれて四宮先生の後に続いて声の聞こえる方向へ向かう。



『もう1週間くらいはゆっくりしても良かったんですよ?』
『うん?下屋?お前、あんま調子乗んなよ』
『いたたたたっ!寂しかったです!寂しかったですってば〜』



「何だ、もう帰ってきたのか」
「鴻鳥先生、おかえりなさい」
「あぁ、四宮、高宮。ごめんね、迷惑かけて」



迷惑はかけられていない、けれども。
それは四宮先生も同じ考えだったようで。



「……いや?全く何の問題もなかった」
「そうですね。特に何も…」
「安心しろ」
「そういえば四宮先生、24週の佐々木さんなんですが」
「あぁ」

「……って、何だかなぁ…」



小さな呟きが聞こえたが聞こえないフリ。
医局に入って、後ろ手にドアを閉めて息を吐く。
大丈夫だっただろうか、挙動不審に思われなかっただろうか。



「…お前、案外役者だな」
「えっ?」
「ポーカーフェイスができるのはいいことだ」
「ありがとうございます…?」



これは…一応褒められているのだろうか。
何にせよ四宮先生からそう言われるということはおそらく大丈夫だったのだろう。
ちょっと安心。



「よし、今日一日頑張ります」
「あぁ」



そう、朝のこの時間を乗り切っただけで作戦完了ではない。
今日一日はこの作戦を続けなければ。

















「高宮、今ちょっといい?」
「何ですか?」



その日の午前の外来が終わった昼休みのこと。
休憩室で加江や小松さん達と食事をして談笑していれば、休憩室に顔を出した鴻鳥先生に呼ばれた。
………うん、きっと大丈夫。平常心平常心。



「カルテで聞きたいところがあって」
「あ、今行きます」
「休憩中にごめんね」



このまま午後の回診に突入しそうだな、と判断してお先です、と弁当を持って休憩室を後にする。
………加江と小松さんにニヤニヤされながら見送られたのは見なかったことにしよう。



「佐々木さんのここの部分なんだけど」
「えーと……あぁ、ここは四宮先生にも診ていただいているので問題ないかと」
「四宮に?」
「はい、鴻鳥先生がいらっしゃらなかった時の健診で、ちょっと気になったので四宮先生にも診ていただいたんです」
「……そう」
「申し訳ありません、記入不足でした。訂正しておきます」
「うん…頼んだよ」



業務上の何の変哲もない会話。
午後の回診が始まる前に追記できるくらいだから今のうちにやってしまおう、と自分のデスクに向かおうとすれば、不意に腕を掴まれた。

心臓が跳ねる。
まだ、ダメ。
鴻鳥先生がいなくても、ちゃんと仕事してたんだから。
寂しかった、なんてバレたらいけない。
………四宮先生、何で医局にいてくれないんですか。



「…鴻鳥先生?」
「あ…ごめん。もう、すっかり一人前だと思って」
「何ですか、それ。四宮先生に診ていただいたって言ったじゃないですか」
「いや…あー、そうなんだけど。僕がいなくても全然大丈夫だったみたいだね」
「四宮先生も仰ってたじゃないですか、何も問題なかったって」
「………四宮と、仲良くしてた?」



四宮先生と仲良くする、という表現ができるのは鴻鳥先生くらいだと思います、と思ったが口にはしない。
現に鴻鳥先生が不在の間は何かと四宮先生にはお世話になったことは紛れもない事実。



「おい、イチャつくなら仕事終わってからにしろ」
「っ、四宮……」
「そんなことしてません」
「サクラ、子どもみたいなヤキモチ妬くな。
男の嫉妬は見苦しいぞ」
「別にヤキモチなんて…!」



………ヤキモチ?
誰が誰に、ヤキモチなんて……。
寧ろ、朝の鴻鳥先生と加江の仲の良さそうなやり取りに若干嫉妬したのは私の方で。



「……え?」
「高宮、お前こういうことには大概鈍いな」
「四宮、止めて」
「何にせよお前ら話し合いが足りないんだよ。今日は定時になったらすぐ帰れ」



午後の回診だ、と鴻鳥先生と私の肩をそれぞれ叩いて医局を出ていく四宮先生。
何とも気まずい空気が流れるけれど、それでも仕事は待ってくれない訳で。



「さ、先に行きますっ」
「桜月」
「っ…はい」
「今日、仕事終わったら空けておいて」
「は、い……」



ぽん、と頭に手を乗せられて、少し胸が苦しくなったのは気のせいだと思いたい。


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