コウノドリ

□僕だけの彼女
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「桜月、ちょっといいか」
「ん?どした?」
「28週の神谷さんなんだが前回の健診は…」



近い、いくら同期と言えど距離が近い。
カルテを見る為とは言え、桜月も無防備に近づき過ぎ。

……仕事中に何考えているんだ、僕は。
彼女は元々パーソナルスペースが狭いことは分かりきっているのに。



「うーん、じゃあ次は私も診ようか」
「あぁ、頼む」
「はいよー」



何てことない業務上の会話が終わって、顔を上げた四宮と目が合う。
その瞬間、四宮が僕だけに分かる程度にフッと口角を上げて笑ったのが見えた。
アイツ……まさか、わざと…?!



「桜月…「高宮先生!」
「白川先生?どうしたの」
「この前のカンファレンスで言ってた方なんですけど、」
「うん?…あぁ、細谷さん?」
「そうですそうです、細谷さん…」



ちょっと待て、細谷さんは下屋が担当のはず。
何でわざわざ桜月に?
……いや、下屋は今日休みだから仕方ないんだけれども。
それなら僕でもいいじゃないか。
寧ろ何故僕に来ない?
そして白川先生も近づき過ぎだ、と僕は思う。



「もしかしたら来週頭、早まって今週末にカイザーになるかもって話はしてたんだ。
その時はごめんね、よろしくお願いします」
「任せてください!高宮先生のお願いなら何でも!」
「いやいや、細谷さんは下屋先生の担当だから最終的には下屋先生の判断になるけど」



アイツはどうでもいいんです!と胸を張る白川先生。
そうか、彼も患者さんにかこつけて桜月と話をしに……いや、本当に患者さんと赤ちゃんを心配しているのかもしれない。
勝手な憶測はいい結果を生み出さないことは知っているだろう。
そう、落ち着いて落ち着いて。



「桜月先生〜」
「ゴローくん、どうした?」
「これ、実家から送られてきたお菓子なんですけど、良かったら食べてください」
「あ、これこの前テレビで紹介されてたお店のお菓子じゃない。いいの?」
「一人じゃ食べ切れないので」
「わー、ありがとう。じゃあ休憩室に置いてみんなでいただくよ」
「えっ、あ…はい……」



元々、彼女の周りには人が溢れている。
そんなこと、側でずっと見てきた僕が一番知っている。
そして彼女にはそれが当たり前で、何とも思っていないことも。
ずっと、ずっと見てきた。

だからこそ、



「桜月、……ちょっといい?」
「急ぎ?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど」
「ごめん、ちょっと加瀬先生に呼ばれてて」
「加瀬先生に?」
「うん、何か美味しいチョコもらったからお裾分けしてくれるって」
「……ちょっと来て」
「あっ、ちょっ、サクラ?」



何なんだ、皆揃って。
別にもう、些細なことで嫉妬したりやきもきしたりする年齢でもない。
相手は昔から知っていて、無自覚に人を惹きつける性格の持ち主。
そんなこと、ずっと前から知っている。
彼女が誰かに告白される度に隣で見て来たのだから。



「サクラ?ねぇ、どうしたの?サクラってば」
「……ごめん」



とにかく二人きりになりたくて、当直室に引っ張り込んだ。
桜月の咎めるような口調に口をついて出てきたのは謝罪。
冷静さを欠いていたとは言え、流石にやり過ぎだったのではないだろうか。
二人きりになってどうしようと言うのか。
無意識に掴んだ腕を持つ手に力を入れてしまっていたようで痛いよ、と言う声に慌てて手を離す。



「サクラ?」
「…ごめん」
「それはさっき聞いた」
「…………」



彼女はこんな行動を取った説明を求めている。
それは当然のことだ。
仕事の途中でこんなところに引っ張り込んで。
何をやっているのか、自分が一番不思議で仕方がない。



「サクラ」
「……うん、」
「いや、そうじゃなくて」
「え?」
「ほら、おいでよ」



僕に向かって両手を広げている桜月。
あぁ、本当に彼女には敵わない。
誘われるままに彼女を抱き締めれば、ふふっと小さな笑い声が聞こえる。



「そこで笑われると恥ずかしいんだけど……」
「ん?いや、何か珍しいと思って。サクラがこんなことするの」
「……僕だって嫉妬くらいするよ」
「嫉妬…?」



聞き慣れない単語だからか、それとも僕がそんなことを言うのが意外だったのか、不思議そうに顔を上げる桜月。
ここまで来たらもう全てを打ち明けるしかなさそうだ。
それでも顔を見て伝える勇気はなくて、桜月を腕の中に閉じ込めて意を決して口を開く。



「無自覚に人を惹きつけて……白川先生も、ゴローくんも…四宮に加瀬先生まで。
他にももっといるかもしれない。
桜月は皆に好かれているから、僕は心配だよ」
「皆に…ってそれは誇張表現じゃない?」
「そんなことないよ、ずっと見て来たから」
「うーん……?」



ほら、やっぱり無自覚だ。
彼女が意図的に、計算してやっていたら僕だってこんなに惹かれることはなかった、と思う。
もし、これが全て計算したうえでの演技だったと言うのならばお手上げだ。



「ねぇ、サクラ」
「ん…」
「ちょっと、無自覚に惹きつけるとか皆に好かれているとかは…よく分かんないけどさ」
「……うん」
「私はサクラが好きだよ。
そりゃ確かに春樹も加瀬先生も白川先生もゴローくんも小松さんも下屋先生も、ペルソナにいる皆が大好きだけど、それはライクであってサクラのとは違うから」
「…うん」
「そもそも、昔からサクラしか見えてないんだから嫉妬も何もないでしょ」
「、え…」
「案外鈍いなぁ…」



桜月の発言に驚いて体を離せば、苦笑気味な桜月が目に入る。



「私、赤ちゃんに限らず人と話すのも触れ合うのも好きだけど……サクラ以外の男の人にスキンシップ取ったことないよ?軽く肩叩くくらいはあるけど。
あぁ……前は春樹にも気軽にタックルとかしてたか」
「…タックルはスキンシップに入るの?」
「まぁ、とにかく。私はサクラ以外興味ないのでご心配なく」



悪戯っ子のように笑う桜月が可愛くて、どうしようもなく愛おしくて。
その唇に触れるだけの口付けを落とした。


*僕だけの彼女*
(ちなみに僕はライクじゃなくて、何?)
(……それ、聞くの?)
(僕鈍いから分かんないなぁ)
(もう、!)


fin...


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