コウノドリ

□お好みは?
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「桜月、髪伸びたね」
「んー、確かに。そろそろ切りたいかな」



料理中の彼女の後ろ姿を見て気づく。
低い位置で一つにまとめられた髪が腰の辺りまで伸びて来ている。
彼女の髪がここまで長くなったところを見るのは初めて見る気がする。



「こんなに伸ばしたところ、初めて見たよ」
「私もこんなに伸ばしたの初めてかも」
「そうなの?」
「髪の毛長いと引っ張られることもあるからね…」



仕事中はお団子一択だよ、と苦笑いする彼女。
お団子頭で想像するのは先輩の助産師。
……同じ髪型にしたからと言って性格まで同じになることはない。
当たり前だけれども何となく想像してしまった自分がいて、その考えを振り払うのに思わず首を振ってしまった。



「サクラ…?」
「ごめん、変な想像した。
休みの日とかは他の髪型とかしないの?手先器用だし、ヘアアレンジとか得意そうな気がするけど」
「うーん……」



そういえば前にヘアアレンジの動画を見ていた姿に覚えがあるけれど、休日の彼女のヘアスタイルは高さに違いはあれど大体は後ろで一つに結んでいる。
出かける時は横に結ぶこともあるが、基本的には同じイメージ。



「……動画ってさ、」
「うん?」
「誰かが…ヘアアレンジする人がマネキンとかの頭を使ってヘアアレンジするのよ」
「うん…?」
「人の髪のアレンジをするから、実際に編み込みしたり結んだりするところが見えるんだけどね」
「第三者目線で見てるからね」



そうそう、と頷いている桜月。
言われてみれば確かに彼女が見ていたヘアアレンジ動画はスタイリストがマネキンを使って説明しながら行っていた。
だが、それに何か別な理由があるのだろうか。



「……その、自分の頭だと編み込みしてるところが見えないから、ちょっと無理」
「………うん?」
「だって、どのくらい髪をすくい取ったかとかバランスが悪いとか実際に見えないところでやるとぐちゃぐちゃになっちゃうから嫌なの」
「なるほど……」



前に同僚の髪の毛も編み込みしたんだ、とヘアアレンジの画像を見せてもらったが綺麗に編み込みがされていて感嘆した覚えがあった。
子ども達の髪の毛もよく結んでいると言っていたし、彼女のことだから動画を見ていたのも仕事の為だとは思っていた。
しかし、自分の髪の毛をアレンジしないのはそういう理由だったのか。



「結局、自分のヘアアレンジはできないし、そろそろ切ろうかなぁ」
「え、切るの?」
「手入れも大変だし、乾かすのに時間かかるしね」
「……そっかぁ」
「ん?」



彼女の髪を一房すくって、サラサラと弄(もてあそ)ぶ。
何度か同じことを繰り返すと、彼女がこちらに背を向けたまま、ふふっと柔らかく笑ったのが分かる。



「何、どうしたの?」
「勿体ないなぁ、と思って」
「んー、まぁ確かに。ヘアドネーションでもしようかなとは思ってる」
「それもそうなんだけどさ」



そっと彼女に近づいて後ろから抱き締めれば、見上げながら振り返り楽しそうに笑う彼女と目が合った。
料理の邪魔をしたことを咎められるかと思ったがそうでもなさそうだ。



「伸ばした方がサクラの好み?」
「好みというか……長い方が好きなんだよね」
「それを好みって言うんじゃないの?」



クスクスと笑いながら再び手を動かし始めた桜月。
彼女の邪魔にならないように髪や頭に口付ければ、くすぐったいよ?と笑っている。



「長い方がベッドの上で広がって、好きなんだ」
「…………うん?」
「こう、上から見るときれいに髪が広がって尚更そそられるっていうか」
「ちょっと、離して?」
「うーん…ちょっと無理?」



ダメだ、色々想像したら離しがたくなる。
料理中の彼女の邪魔をすると怒られるけれど。
もう止められそうになくて、そっと項に口付けてシャツの中に手を忍び込ませる。



「サクラ、さん……?」
「んー…?」
「ご飯、まだ出来上がって、ないんだ、けどっ……」
「うーん……ご飯は後でいいかな」



コンロの火を止めて、調理器具を彼女の手から取り上げれば非難するような視線。
それを一切無視してひょい、と彼女を抱き上げれば、驚いて僕に抱きついてくる。



「可愛い」
「可愛くない」
「またそういうこと言う」
「……サクラがそういうこと言うから」



僕としてはソファでもいいのだけれども、彼女はいつもソファは嫌だと言うから寝室まで足を運ぶ。
ベッドに横にすれば、憎まれ口を叩きながらまだ非難の目を向ける彼女の口を塞ぐようにキスを落とすと、恥ずかしいのか顔を反らせる。
それすらも僕を煽情していることに気づいているのだろうか。
緩く髪を止めていたゴムを外せば、あっ…と小さく声が漏れる。



「うん?」
「……ご飯、」
「じゃあ、止める?」



我ながら意地の悪い聞き方だとは思う。
こう聞いたら彼女が首を横に振ることはないと分かっていて聞いている。
むぅ、と唇を尖らせた後で胸元を掴まれて彼女からの軽く触れるだけのキス。



「止めちゃうの?」
「…悪い子だなぁ……どこでそんなの覚えたの?」
「知らないっ」



ふいっと顔を背けた彼女の頬が真っ赤に染まるのがやけに可愛くて。
きっと僕は今、ひどく緩んだ顔をしているんだろうと思いながら深い口付けを落とした。


*お好みは?*
(……絶対、髪切ってやる)
(えー?僕は今のまま伸ばして欲しいなぁ)
(嫌、絶対切る)
(そんなに拒否しなくてもいいのに)

fin...


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