コウノドリ

□君の寝顔
1ページ/1ページ


明け方の微睡みの中でスマホの機械音が聞こえた気がした。
着信音なら飛び起きることはできるが、それ以外なら気にせず寝ていたい。

もう少し、せめてオンコールがあるまでは。
























「サクラ、おはよ」
「おはよう、桜月」
「昨日はオンコールなくて良かったね」
「んー……桜月、明け方スマホ触ってた?」
「あ、起こしちゃった?ごめんね」



結局あの後もオンコールはなく、朝食できたよ、と彼女に声をかけられるまで眠っていた。
夢現で聞いた音の正体はやはり彼女のスマホの物だったようで、ダイニングテーブルにつきながら彼女に問えば。
申し訳なさそうな表情で正面の椅子に腰を下ろしながら謝ってくる桜月。

今日の朝食はピザトースト、具沢山のオムレツ、ウインナーにツナのサラダ、コーンクリームスープ、そしてコーヒー。
いただきます、と手を合わせてトーストから口に運ぶ。
毎度のことながら本当に彼女の料理は手が込んでいて美味しい。



「ん、美味しい」
「それは良かった」
「さっきの話だけど、何かあった?」
「何かあったというか……サクラの寝顔を撮って、た?」
「えっ?」



こちらの様子をちらり、と窺ってからスマホをいくつか操作して画面を僕に見せた。
そこにはおそらく今朝撮ったであろう僕の寝顔が映っていた。



「うわ、えっ、何で?」
「……私、寝顔好きなの」
「うん?」



そろそろとスマホが引っ込められる。
いや、別に写真を撮られるのは構わないんだけれど寝顔は流石に恥ずかしい。
それにしても寝顔が好きとは一体。



「寝顔もそうなんだけど…子ども達が寝る時って大人とちょっと違っててね。
それがまた可愛いのよ」
「そうなの?」
「可愛いんだよ、本当に!」



珍しく熱の篭もった言い方。
いや、彼女は元々子どものこととなると熱が入りやすい。
今回は特に、と言ったところか。



「大人は寝ようと思ったら自分で目を閉じるじゃない?」
「んー……あぁ、確かに」
「子どもって寝る直前まで目が開いてることが多いのよ」
「うん?」



彼女は言う。
昼寝の寝かしつけをしている時、初めのうちはゴソゴソ動いている子もそのうちぼんやりとして目の焦点が合わなくなってくるそうで。
どこか一点を見ているように見えて、半分眠りに入っている状態が可愛いという。
そして眠りに入る瞬間に目が閉じられて。
あの瞬間がたまらなく可愛い、と。

子ども達のことを思い出しているのか、幸せそうな、穏やかな表情を浮かべている。



「…で、サクラの寝顔も好きだなぁ、と思って」
「え?」
「普段はカッコいいのに、寝顔は何か子どもっぽいっていうか、素な感じがして…可愛いなって思って…思わず撮ってしまいました」
「…うん、いや、別にいいんだけど……」



朝から何だか砂糖を吐きそうなくらいの甘い空気。
コーヒーがブラックで良かった。



「僕も桜月の寝顔、好きだよ」
「え?」
「腕の中で寝てる桜月、すごく可愛いよ?
たまに甘えるみたいにすり寄って来たり幸せそうに笑ったり…それこそ素の桜月って感じで可愛い」



思ったことをそのまま口に出せば、少しの間が開いて、音が出るくらいに一瞬で赤くなる桜月。
同じようなことを言っただけなのに、そんなに反応しなくても。



「サクラは…すぐ、そういうことを言う……」
「そう?今日は桜月の方が先だと思うよ」



二の句が継げないでいる桜月をもう少し見ていたい気もするが、そろそろ準備を始めないと間に合わなくなってしまう。
残りのスープを流し込んで、ごちそうさまと手を合わせる。
その挨拶にハッとして時計を見る彼女。
彼女もそろそろ出勤時間が迫っていた。



「サクラ、今日は当直だよね?」
「うん、何もなければ明日は家にいるよ」
「じゃあ朝とお昼のごはん、冷蔵庫に入れておくから食べてね。
あと、今日のおにぎり持って行ってね」
「いつもごめんね」
「好きでやってるんだから気にしないの、っていつも言ってるよ」
「…いつもありがとう」
「どういたしまして」



早起きな彼女はもう着替えもメイクも終えていて、洗い物をしている。
彼女ばかりに負担をかけてしまっているのが申し訳ないが、それを謝ればいつも先程の台詞が返ってくる。

明日の夜は僕が何か用意しようか、そんなことを考えながらジャケットを羽織る。



「よし、じゃあ行こっか」
「うん…桜月、行ってらっしゃい」
「サクラも行ってらっしゃい!気をつけてね」



玄関を出る前、どちらともなく唇を合わせてから扉を開ける。
今日の当直、これだけで乗り切れそうだ。


*君の寝顔*
(じゃあ、また明日、かな?)
(うん、また明日)
(っ、サクラ!ちょっと待って)
(うん?)
(グロスついてる……!)
(おっと、)
(ティッシュティッシュ!)
(別にこのままでも…)
(いい訳ないでしょ!)


fin...


次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ