コウノドリ

□爪先
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夕飯作っておくね、というメールが届いていたのはもう3時間以上も前のこと。
いつものことと言ってしまえばそれまでだが、メールの返信もできず……寧ろメールを見たのがマンションに着いてからだったのはもう何度目だろうか。
両手でも足りないくらいなのは間違いない。

最近の彼女はお疲れ気味のようで、もしかしたら眠ってしまっているかも…とそっと玄関を開ければ、室内は真っ暗。
残念ながら今日はタイミングが合わなかったようだ。
リビングへと続くドアを開けると、心地良い風が頬を撫でた。



「ん…?あ、サクラおかえりー?」
「桜月?起きてたんだ」
「うん。あ、電気点けるのちょっとだけ待ってて」



彼女の声はするが姿が見えない。
声色からして眠っていた訳でもなさそうだ。
彼女の部屋の間取りは把握している。
暗くてもある程度は問題ない。
それでも転ばないように手探りでソファを探し当てた。



「でーきた!」
「あれ……ベランダにいる?」
「うん、電気点けるね」



暗がりの中をスマホの明かりで足元を照らして不審な動きで彼女が移動していくのが分かった。
数秒の後、リビングの明かりが灯された。



「おかえり、サクラ。お疲れ様」
「ただいま。部屋真っ暗にして何してたの?」
「これこれ、ペディキュア〜」



指差された彼女の足元を見れば、色鮮やかな黄色で塗られた足の爪。
指同士がつかないようにスポンジのようなものを挟んで歩きにくそう、というのが見た目の感想。



「……転ばないでね?」
「そっち?!」
「あぁ、ごめん。綺麗な色だね」
「そろそろサンダルの時期だから、久しぶりにやってみた」
「仕事上は問題ないの?」



彼女の仕事柄、装飾品の類は結婚指輪以外はほとんど不可だと言うし、手の爪も常に短く切り揃えられている。



「ペディキュアだけは規制ないかな。結構皆やってるんだよね」
「へぇ……何か元気が出る色だね」
「でしょ、黄色は元気カラー!」
「最近、お疲れみたいだしね」
「…………それは言わないお約束。ご飯、温めるね」
「大丈夫?僕やるよ?」
「え、そっちの方が大丈夫?」
「温めるくらいならできるよ……」



じゃあお願いしようかな、とソファに座る桜月。
何となく機嫌が良さそうなのは気のせいではないはず。



「そういえば何で部屋真っ暗だったの?」
「あぁ、今日涼しいから換気も含めて窓開けてたんだけど、部屋の電気点けてると虫が入ってきちゃうから」
「なるほどね」



ハンディタイプの扇風機を爪先に当てている。
まだまだ乾かないようだ。



「じゃあ、いただきます」
「召し上がれー」
「……桜月、飲んでる?」



やけに機嫌がいいのはアルコールの力もあるのだろうか。
みそ汁のお椀を口に運びながら、彼女の姿を横目で見遣る。
僕と視線が絡んた彼女がゆっくりと首を傾げた。



「飲んでないよ?」
「そう?やけに機嫌がいい気がするけど」
「ネイルすると気分は上がるよね」
「なるほど」



僕には分からない世界ではあるけど、確かにヘアスタイルを変えたとかそんな話題で盛り上がっている姿はよく見かける。
女性にとっては大切なことなんだろう。



「……せっかくだし、」
「うん?」
「ネイル乾いたらコンビニ行く?サンダル履いたらもっと可愛く見えるだろうし」
「じゃあ、アイス買おうね!」



嬉しそうに笑う彼女が可愛くて、その笑顔が見られるならアイスなんて安いもの。
ご機嫌度が増した彼女の横顔を見ながら、口元を緩むのが止められなかった。


*爪先*
(あ、ダッツの新作)
(ダッツ好きだよね、桜月)
(自分へのご褒美はダッツが一番だと思うの)
(今日はどれにする?)
(うーん……サクラと半分こしたいからモナカにしようかなー)
((本当に…発言も可愛いんだから))

fin...


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