コウノドリ

□煌めく世界と貴方
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「ねぇねぇ、桜月!小松さん!今日、近くで夏祭りあるんだって!」
「えー!そうなの?!」
「そうなんですよ、一緒に行きましょうよー!」
「行く行くー!」
「勿論桜月も行くよね?」
「私、当直だからパス」



昼休み、救命から賑やかな同期が走って来たと思えば夏祭りのお誘い。
そういえば出勤前の道すがら、どこかで夏祭りだったか花火大会だったか……そんな雰囲気のポスターを目にした気がする。
日付を見てどのみち今日は当直だから、と心にも留めなかった。
まさかこんな形で思い出すことになるとは。
即答に近い状態で断れば、えー!!と二つの非難がましい声が向けられた。



「えー、って言われても当直は当直なんだから仕方がないじゃないですか」
「桜月とも行きたかったー!」
「お祭りなんてこれからもあるでしょ」
「それはそうだけど……」
「一緒に行きたくない、とは言ってないよ?仕事なんだから今回はパス」
「えー、じゃあ行ける人みんなで行きましょー?」



産科のスタッフステーションで通りかかった医師や看護師、助産師に声をかけまくっている加江。
彼女がいると本当に賑やかだ。
結局、当直や夜勤担当者と四宮先生以外からはOKをもらっていた。
加江の人徳の成せる業だろう。

あぁ、鴻鳥先生も行くのか。
……少しだけ羨ましいと思ってしまう辺り、私もまだまだ心まで産婦人科医になりきれていない。
午後の回診の準備をする為に医局に下がる。
ちょっぴり切ない気持ちには蓋をしよう。
自分で言ったのではないか、仕事なんだから仕方がないと。



「おい」
「あ、四宮先生。何でしょうか」
「……当直代わってやる」
「え?」



カルテに目を通していて、思いがけない言葉に自分でも分かるほどに間抜け面を晒してしまった。
言葉の意図が汲み取れなくて首を傾げれば、一つ深い溜め息を吐かれた。
私、そんなに変なことを言っただろうか。
寧ろあまり言葉を発していないんだけど、若干呆れられているのは何故なのか。



「…当直代わるから、祭りに行って来い」
「えっ、いや大丈夫ですよ。
四宮先生に代わっていただくなんて申し訳ないです」
「行きたいんじゃないのか」
「まぁ…行きたくないと言ったら嘘になりますけど、仕事は仕事ですし。
今日のお祭りが今年の最後のお祭りって訳じゃないですし…だから大丈夫です」
「………ならいいが」



最近分かって来たこと。
目の前の先輩は冷たいように見えて他人の機微に聡い。
きっとちょっぴり切なくなった私の気持ちを察して言ってくれているのだろう。
普段の厳しい指導や患者さんへの毅然とした対応で見えにくいけれど、その実は温かい人なのだ、と思う。



「四宮先生?」
「何だ」
「ありがとうございます」
「……ふん」
「もし今度、お祭りの日に私か鴻鳥先生が当直になってたら代わってくれます?皆で行くのもいいんですけど、二人で出かけたいとも思うので」
「お前も案外強かだな」
「そうでないとこの仕事やっていけませんよ」
「確かにな」



あ、珍しい。四宮先生の頬が緩んだ。
レアな表情を見られた今日は良いことがありそう。
そんなことを思いながら自分の頬も緩むのを止められなかった。




















「桜月ー!次は絶対一緒に行こうね!」
「うん、楽しんで来て」


まだ諦めきれなかった加江が退勤後に医局まで来て誘ってくれたが、流石に当直の時間になってから代わってもらうつもりもない。
小松さんに半ば引きずられるようにしてスタッフステーションを後にする加江。
その後ろ姿を見送っていれば、着替えを済ませた鴻鳥先生が医局から出てきた。



「ごめん、代わってあげれば良かった」
「いえ、今日は本当に大丈夫です。私から断ったんですし」
「……次にお祭りがある時は、二人で行こうか」
「もしその時に当直に当たってたら四宮先生が代わってくれるそうなので、是非ご一緒させてください」
「四宮が?」
「詳細はまた後で。加江達が戻って来ちゃいますよ」
「そうだね…じゃあよろしくね、何かあったらすぐ呼んで」
「はい、お疲れ様です」



ぽんぽんと私の頭を軽く撫でてから加江達の後を追いかける鴻鳥先生。
彼の足音が聞こえなくなると辺りは静寂に包まれた。

今日は今のところ進行中のお産もなし。
切迫で入院中の方も皆、落ち着いていて少し気持ちにも余裕が出てくる。
夜の回診までは書類を片付けて、カルテの整理をして……時間があれば論文の続きを書こう。
シャワーも浴びたいところだけれど、そこまで高望みはしない。

何よりも大切なことは無事に明日の朝を迎えること。
今日はお祭りができるほど天気もいいので、いつかのように落雷による停電もないはず。
よし、やるか。と心の中で気合を入れ直してから医局のデスクトップパソコンに向かい直した。

























「じゃあ、医局にいるので何かあったら声かけてください」
「分かりました」
「お願いします」



夜の回診を終えて、医局に戻れば遠くで花火が打ち上がる音が聞こえた。
あぁ、ここからも聞こえるのか。
何の気なしに窓の外に目を向ければ色とりどりの花火が打ち上がっているのが見えた。
皆、楽しんでいるだろうか。

先程、蓋をしたはずの切ない気持ちが一人になってまた顔を覗かせた。
鴻鳥先生……サクラさんと付き合ってから初めての夏祭り。
行きたくないと言えば嘘になる。
けれど自分の感情を優先し、仕事を置いて行けるほど子どもでもない。

今の自分にとって大切なこと、それは一人前の産科医になること。
後期研修医を卒業した時点で一人前と呼ばれるかものしれないが、今の力量では鴻鳥先生達と肩を並べるには程遠い。
勉強しなければいけないことは山ほどある。
それでもたまには肩の力を抜いてもいいんだよ、と前に言われたことを思い出した。

書きかけの論文を閉じて、一つ伸びをする。
デスクワークで固まった体を解しているとデスクに置いていたスマホが盛大に震えた。
予想以上の大きな音に慌ててスマホを手に取れば、



「鴻鳥先生?」
『お疲れ様、今…落ち着いてる?』
「え?あ…はい、急患もなく回診も滞りなく終わりました」
『じゃあちょっとだけ屋上に上がれる?』
「えぇ…大丈夫だと思います」
『うん、じゃあ上がってみて』



なるべく早くね、と言い残して電話を切られた。
何だろう。とりあえず屋上へ向かうべく、夜勤の看護師にちょっと出るので何かあったらスマホに連絡を、と頼んでから屋上への階段を駆け上がる。
医局で聞くよりも少し大きくなった花火の音に耳を傾けながら。


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