コウノドリ

□惚気話はお腹いっぱい
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午後の回診を終えて医局に戻れば自分のデスクに突っ伏している後輩の姿。
医局に誰かが入って来てもこの後輩が顔を上げないというのは熟睡しているか体調が悪いのか。
そもそもコイツがこんな状態なのも珍しい。
いつもならこの後輩を気遣うのは同期の仕事だが、その同期は今日当直明けで不在。

……後輩の体調を気にかけるのも僕らの仕事だよ、なんて随分前に言われたのを今思い出した。



「……高宮、体調でも悪いのか」



悩んだ挙げ句、声をかける。
心配したからなんて理由ではない。
もしこれで本当に意識喪失でもしていて、声をかけずにいたら後味が悪い。
それこそ同期に何と文句を言われるか。



「…………四宮、先生…?
大丈夫、です………生理前の眠気と怠さで…やられてるだけです……」



ぐったりしている、という言葉を体現しているような高宮。
目も開けていられないという状態でゆっくりと頭を擡げた。



「PMSか、ピル処方してもらってないのか」
「前に鴻鳥先生にお願いして、出してもらったんですけど………飲み忘れが多くて」
「それでも産科医か」
「産科医の仕事の忙しさは、四宮先生も分かってるじゃないですか……
ちなみに鴻鳥先生も、同じこと言ってました」



サクラと同じ、と言われ自分でも分かる程に眉間に皺が寄る。
ようやく目を開けた高宮が薄く力なく笑う。

どうせ今日は午後の外来はない。
早退しても何ら問題はないが、変に真面目なところがあるこの後輩にそれを言っても聞かないだろう。

コイツの同期の下屋とはまた違った面倒臭さがある。
下屋が動ならコイツは静。
アイツが煩く、騒がしく抵抗するのに対して高宮は静かに、淡々と対抗してくる。



「何にしても俺の邪魔しなければ何でもいい」
「お邪魔はしないので、話相手になってください」
「……は?」
「黙ってたら寝ちゃいそうなので」



お願いします、と笑う後輩。
こんなことを言う奴だったか、と一瞬首を傾げそうになったが良くも悪くもサクラの影響を受けているのは間違いない。
何よりも前より…サクラと付き合い始める前に比べて笑うようになった、というのは事実。
そういえばサクラから阿呆らしい惚気話を聞かされたのは記憶に新しい。

……そんなことはどうでもいい。
コイツと会話?



「俺とお前で何を話すんだ」
「四宮先生が勉強してる分野のお話とか」
「お前、絶対寝るぞ」
「加江じゃないんですから…あ、じゃあサクラさんの恋愛遍歴とか」
「俺から聞きたいのか」
「本人からは以前聞いたので次は第三者的立場から見て、どうだったか聞いてみたいです」



話している感じは起きてすぐよりもまともになっているが、話の内容は全くもって常軌を逸している。
やはりどこかがおかしいらしい。



「……別に話すようなこともない」
「え?」



少し昔に記憶を遡ってみてから素直にそう言えば驚いたような表情を見せる。
それはそうだろう。



「確かに何人か相手から申し込まれて付き合い始めたと聞いたことはあったが、昔から仕事中心だったからろくに連絡も取らずに相手から振られるがお決まりのパターンだ」
「……やっぱりお付き合いしたことある人はいるんですね」
「交際相手がいるからと言って仕事中心の生活に変わりなかったから長続きはしなかったらしい」



何を俺は話しているんだろうとは思う。
挙げ句の果てには聞いてきた本人はぽかんとしている。
人に話させておいてその表情は何だ。



「何だ」
「あー…いえ、以前ご本人から聞いたのですが……今の四宮先生のお話とほぼ同じだったもので…」
「何か不都合があるのか」
「いえ、謙遜とかそういう感じなのかと思っていたので……本当だったんですね…」
「嘘を言ってどうする」



ポーカーフェイスは得意だが、元々嘘の上手くない男だ。
それにサクラの態度…特にコイツの扱いを見ていれば、嘘は言わないことは目に見えている。



「そういえば……初めてかもしれないな」
「えっ?」
「サクラの惚気話を聞いたのは」
「惚気、ですか?」
「お前が可愛くて仕方がないらしい」
「ッゲホゲホッ……」



この前散々聞かされた惚気話をそのまま本人に流してやろう。
サクラもコイツも望んではいないかもしれないが、これくらいさせてもらってもバチは当たらないだろう。
噎せて涙を浮かべている高宮に追撃するように言葉を投げつける。



「『可愛くて悪い虫がつかないか心配』だとか『笑顔が可愛いのは研修医の時から知ってた』だとか『他の奴に笑顔を見せたら可愛さが知れ渡る』だとか……」
「ごめんなさい、四宮先生。本当にもう止めてください」
「何だもういいのか」
「四宮先生が真顔でそんなこと言うからです!」
「俺は言われたことをそのまま言っただけだ」



先程までの眠気はすっかり吹き飛んだようで顔を赤くして何やら文句を言っている高宮。
あぁ、可愛いというよりは面白い。
確かに以前に比べたら表情は豊かになった気はする。
ふっ、と口元が緩んだのを引き締め直してそろそろ仕事に戻ることにしよう。


*惚気話はお腹いっぱい*
(お疲れ様ー)
(……鴻鳥先生?)
(何しに来た)
(ちょっと忘れ物。珍しいね、この組み合わせ)
(…………鴻鳥先生の、バカ)
(えっ?何で?)
(お前が俺に言ったこと、聞かせてやった)
(えぇっ、何でそんなことに……)


fin...


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