コウノドリ

□元気の源
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「お疲れ様です」
「うん、お疲れ様。何食べるか考えて来た?」
「……元気が出るご飯、何がいいか聞いたんです」
「うん?誰に?」
「加江に」
「それ、答え分かってて聞いた?」



下屋ならば答えは一択だろう。
しかも元気が出る出ないではなくて、食事に行くという時点できっと答えは決まっている。
きっとそれは彼女も分かっていたはず。



「……あまりにもぼーっとし過ぎてて忘れてました」
「ホントに?」
「本当です……考えてみれば、…考えなくても加江が焼肉以外言うはずないですよね」
「どうする?別なの考える?」
「…折角、加江が美味しい店を教えてくれたので今日はそこでどうでしょうか」
「まぁそういうと思ったよ」



彼女のスマホを見ながら下屋お勧めという焼肉店へ。

……きっと下屋も彼女が誰と食事に行くかは分かっていたんだろう。
値段設定がかなり高めなのは店構えからして漂ってくる。
これで彼女の明日からの活力になるなら安いものだ。



「………鴻鳥先生、別な店にしましょう」
「うん?何で?僕もうお腹ペコペコなんだけど」
「いや、だってここ…」
「ほらほら、他の人の邪魔になるから」



他の人なんていなかったけれど明らかに腰が引けている彼女の肩を抱いて自動ドアをくぐる。
呼び方が『鴻鳥先生』なのは緊張している証拠なんだろう。
店員に案内されるまま座敷の個室へ。
すっかり挙動不審に陥っている彼女を見るのもまた珍しい。
メニューを手渡せば、また眉間に皺を寄せながら視線を僕とメニューで行ったり来たりしている。



「鴻鳥先生、いつものところでいいです……。ぶーやん行きましょう、ぶーやん」
「えー?折角下屋が教えてくれたんだからここでいいじゃない」
「いや、だってここ……値段が、いつも…加江と行くところの…二倍、寧ろ三倍くらい……」



下屋に誘われてたまに二人で焼肉を食べに行っているのは知っている。
その感覚で下屋にも聞いたのだろう。
両親が医者という、きっと裕福な家で育った彼女だが、金銭感覚は至って普通。
寧ろ節約できるところは節約するという信条をもっているようで、よほどのことがない限り昼はお弁当を持参しているし、時間があれば百均に行って便利道具を買っている。

僕が食事に誘ったんだから彼女に財布を出させるつもりはないし、医者として長く働いているのだからそれなりに収入もある。
そんなに遠慮しなくてもいいのに、とは思うけれど彼女の性格上、それを許さないのもまた事実。
食事に行く時もどこかに出かける時も僕だけが財布を出すのは嫌だと言う。
男が支払うのが当たり前という考えは持ち合わせていないけれど、年下の彼女に支払いをさせるのはやはりどことなく落ち着かないもので。



「今日は僕が誘ったんだから、ね?」
「でも……」
「じゃあ、はい。メニュー没収〜」
「あっ」
「先輩の特権で今日は僕が何食べるか決めまーす」



そう、強行手段。
『先輩』という立場を利用すると彼女がたちどころにおとなしくなるのはもう何度となく立証済み。
所在なさげに座っているのは申し訳ないとは思うけれど、今から店を移るつもりもない。
今日はこのまま高級焼肉を堪能しよう。


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