コウノドリ

□貴方不足
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お互いに学会だ研修だと病院を不在がちで、同じ部屋に帰宅しているのにもう3日も顔を合わせていなかった。

厳密には寝顔は見ていたが起きている彼には会っていなかった、というのが正しい。
きっとそれは彼も同じだろう。
部屋に帰った形跡はあるが、姿を見ていない。
シーツから香る彼の残り香が尚更、彼の不在を物語っていた。

全く難儀な仕事である。
だからと言って、それを理由に辞めるつもりは毛頭ないけれど。



「……眠」



学会が終わって荷物を置きに病院に戻ったら緊急帝王切開と進行中のお産が3件。
後から聞けば新月だったようで春樹と吾郎くんだけでは到底手が足りず、サクラを呼ぼうかと悩んでいたところだったという。
オンコールでもないのに夜中まで付き合わされて帰宅できたのは明け方。
寝室のベッドで私のおかげで気持ち良く眠ることができているサクラの隣に滑り込んだ。

明日は休みだ。
午前中はゆっくり眠りたい。



































「ん………」



眠りが浅くなっていたところにベッドの揺れを感じて薄く目を開ければ、隣で寝ていたサクラが身体を起こしているのが視界に入った。
起きているサクラを見るのは久しぶりだ、と寝ぼけた頭で寝間着の裾を捕まえれば、立ち上がろうとした動きを制されたことに疑問をもった彼が少し驚いた表情で振り返った。



「桜月?ごめん、起こした?」
「サクラ……久しぶり…」
「うん、久しぶり」
「今…何時……?」
「えーと、9時過ぎかな」



確かベッドに入ったのは4時を回った頃だから5時間は寝られたのか。
……9時?
もう日勤が始まるどころか、午前の外来が始まる時間。
何故、彼がここにいるのだろうか。



「サクラ、仕事は……」
「僕、今日オンコールだから」
「……それなら問答無用で春樹に呼んでもらえば良かった」
「え?」
「食事しながら話すわ…」



5時間も寝られたなら十分だ。
それに久しぶりにサクラと一緒に過ごせるのならば睡眠時間を犠牲にするのも悪くない。
ついでに昨夜の恨みを聞いてもらおうではないか。



「あぁ…何かごめん。呼んでもらって良かったのに」
「いや、呼ぶ暇もなく春樹と吾郎くんがカイザーに入ったからさ。
今日休みじゃなかったらサクラ呼んでたけど」
「おかげでぐっすり寝られました」
「それは何よりです」



食後のコーヒーを啜りながら軽口を叩く。
こんなに穏やかな時間は久しぶりだ。
……ただ、サクラとこうしてゆっくり食事をする時間がなかっただけなのに日に日に心が荒んでいっていたのは、それだけ彼の存在が拠り所になっていたのかと思うと苦笑が零れる。



「うん?」
「んー……久しぶりだと思って、二人でゆっくりするの」
「あぁ、そうだね。一応お互い帰って来てたんだけどね」
「寝顔しか見てなかったけどね」
「アハッ、確かに」



食器を下げて洗い物をしてしまおう。
その後、ゆっくりしてから溜めてしまった家事をしてもいいし、サクラのピアノも聞きたい。
シンクに使った食器を下げれば腕まくりをしてスポンジを手に取るサクラ。



「え、いいよ?」
「昨日僕の代わりに頑張ってくれたから、そのお礼」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「コーヒー飲んでゆっくりしてて」



肩肘を張らずに素直にコーヒー片手にソファへ腰を下ろす。

一緒に暮らす時に約束したこと。
家事はできる方ができる時にやる。
曖昧な線引きだけれども、お互いに忙しいのは分かっている。
それに料理はサクラに任せられないので、そこは確実に私の担当。
それ以外は柔軟に対応する、ということで話はついた。
それに所謂、便利家電は一通り揃えたおかげで今のところ不自由はしていない。
ボタン一つで掃除も洗濯もできるこの時代に生まれて本当に良かった。



「あー……そういえば…」



この前、向井さんに高校生への性教育の出張授業を頼まれたのを思い出した。
学会前だったので改めて明日話をすることになっているけれど、冊子だけは渡されていた。
確か隙間時間に読もうと思っていつも持ち歩いているバッグに突っ込んでいたはず、と奥底に落ちてしまっていた冊子を取り出して表紙を開く。



「何を話そうかね……」



あ、ダメだ。
この細かい文字は眠くなる。
しかも何か楽しそうにリズムを取っているサクラの鼻唄が心地良くて、想像以上に自分が疲れていることに眠りに落ちる寸前に気づいた。


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